「トミージョンすれば球速が上がる」「一度壊して張り替えたほうが強くなる」――そんな言葉がSNSや野球ファンの間で飛び交うようになりました。
しかし実際の医学データや選手の成績推移を見ると、そのイメージとは少し違う現実が見えてきます。
本記事では、 ①トミージョン手術とは何か、②本当に球速は上がるのか、③手術した投手たちの成績がどう変化したのか を、ファン目線で整理していきます。
1. トミージョン手術とは?
● どこの何を治す手術?
トミージョン手術(Tommy John Surgery)は正式には 尺骨側側副靱帯再建術(UCL再建術)と呼ばれます。
投球で酷使される「肘の内側の靱帯(UCL)」が断裂・損傷した時に、 自分の前腕や太ももの腱などを移植して、新しい靱帯として縫い付ける手術です。
一般的な流れは以下の通りです(細かい術式は医師により異なる)。
- 肘の内側を切開し、損傷したUCLを確認
- 前腕などから腱を採取し、肘の骨(上腕骨・尺骨)にトンネルを開けて通す
- 新しい腱を固定し、「靱帯の代わり」として再建
最近は「UCL Repair+internal brace」と呼ばれる、靱帯を温存して補強する方法も一部で使われており、 軽度損傷では復帰期間短縮が期待されています。
● 復帰までどれくらい?成功率は?
- 復帰目安:おおよそ12〜18か月(投手の場合)。
- MLB投手での報告では、 約80〜90%が試合復帰、同等レベルで投げられるのは約70〜80%前後。
- 一方で、再建靱帯が切れたり、肩・前腕など別部位を痛めるケースもあり、決して「100%治る魔法の手術」ではない。
- 2度目のトミージョン(再手術)は、復帰率も成績も明らかに厳しくなるという報告が多い。
要するに、トミージョンは 「重症UCL損傷で投げられなくなった投手が、もう一度投げるチャンスを得るための大手術」であり、 本来「やらなくて済むなら絶対に避けたい」種類の治療です。
2. 球速が上がるって本当?噂の正体
● 結論:手術そのものが球速を上げるわけではない
複数の研究・専門家コメントをまとめると、 「トミージョン手術=球速アップ」というのは誤解とされています。
- MLBレベルのデータでは、手術前後で平均球速に有意な上昇はほとんど確認されていないか、ごくわずか。
- 医師・トレーナーも「手術が速くするのではなく、リハビリ期間にフォーム改善や筋力強化へ真面目に取り組む結果として、以前より良い状態になる選手がいるだけ」と説明している。
つまり、
- ケガでボロボロの状態「よりは」良く投げられるようになる → 球速が戻る・少し上がるように見える
- 元々ポテンシャルの高い若手が、トレーニングや成長と重なって球速アップ → 「手術のおかげ」と誤解される
という構図です。
トミージョンは「性能アップ手術」ではなく、「壊れたエンジンをギリギリ動くように組み直す手術」と理解したほうが現実に近いです。
3. トミージョン経験投手の成績推移はどうなっている?
ここでは、研究データと実際の有名選手のケースから、 「手術前後で成績はどう変わることが多いのか」をざっくり整理します。 個々の選手名は代表例として挙げますが、細かい数字は年度により変動するため傾向ベースで見てください。
● 全体データで見る傾向
MLB投手を対象にした複数の解析では、以下のような結果が報告されています。
| 項目 | 傾向 | ポイント |
|---|---|---|
| 復帰率 | 約80〜90%が復帰 | ただし「同じレベルで長く活躍」は7割前後。 |
| 防御率・WHIP | 平均すると「ほぼ同じ〜やや改善」 | 生き残るのは元々良かった投手が多く、サバイバルバイアスも考慮が必要。 |
| イニング数 | やや減少傾向 | 球団が登板間隔や球数を慎重に管理するため。 |
| 奪三振率(K/9) | 大きな変化なし | 「劇的な球威アップ」というほどのデータは出ていない。 |
| 再手術(2回目以降) | 復帰率・成績とも低下 | キャリア維持は一気に難しくなる。 |
要約すると、 「一軍クラスの投手なら、手術後もそれなりに戻ってくるケースが多いが、登板イニングや持続性は以前よりシビア」 というイメージが妥当です。
● 代表的なケース(ごく簡単に)
- 初回TJ後に復活・活躍型
ネイサン・イオバルディ、ザック・ウィーラーなど、多くの投手が手術後にキャリアハイ級のシーズンを経験。 これは「成功例が目立って報道される」ため、手術へのポジティブイメージを強めている。 - 復帰はしたが、球数制限&短命型
防御率はそこそこでもイニングが伸びず、数年で戦力外・度重なる故障に悩まされる例も少なくない。 - 2回目以降で失速型
2度目のTJを受けた投手は、復帰しても以前のレベルを維持できないケースが多く、引退に直結することも多い。 - 二刀流・NPB出身選手
大谷翔平のように、TJ後にトップレベルへ戻った特殊な成功例もあるが、 これは「超人的な才能+徹底した管理」が噛み合った例であり、 一般化して「TJすれば無双できる」と考えるのは危険。
4. ファン目線で押さえておきたいポイント
- トミージョン手術は壊れた肘を“ゼロに戻す”ための手術であって、「プラスにする手術」ではない。
- 平均的には「球速は元に戻る or 微増程度」で、手術そのものが球速アップを約束するわけではない。
- 復帰後もイニング制限や再発リスクがつきまとうため、「手術すれば安心」ではない。
- 2回目のTJは成功率が下がり、キャリア終盤になりがち。
- アマチュア選手や子どもに「どうせなら早めにTJして強くしよう」という発想は完全にNG。
本記事はあくまで野球ファン向けの整理であり、具体的な診断・治療の判断は必ず整形外科・スポーツドクターに相談すべき医療領域です。
それでも、トミージョン手術を「魔法」でも「悲観しかない終わり」でもなく、 リスクも現実もある“最後の選択肢”として正しく理解することで、 選手たちの決断や復帰への道のりをより深く見守ることができるはずです。



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