ストラスバーグはなぜケガしてしまったのか?スタッツと投球スタイルから考える

動作分析

2019年ワールドシリーズMVP、そして“史上最高クラスの投手プロスペクト”と言われた
スティーブン・ストラスバーグ
しかし2024年4月、度重なる故障と神経障害の悪化により、35歳で正式に現役引退を発表しました。

なぜ、これほどの才能が長く健康に投げ続けることができなかったのか。
この記事では、キャリアの成績(スタッツ)・故障の履歴・投球スタイルを整理しながら、
「ストラスバーグはなぜケガに苦しんだのか?」をエビデンスベースで考えてみます。
※医師の診断ではなく、“野球ファン目線での整理と仮説”である点はご了承ください。


1. ストラスバーグのキャリアと成績の全体像

1-1. 通算成績をざっくり振り返る

ストラスバーグは2009年ドラフト全体1位でナショナルズに入団し、
メジャー通算で113勝62敗、防御率3.24というエース級の数字を残しました。
2010〜2022年の13シーズンをすべてナショナルズ一筋で過ごし、オールスター3回、2019年にはワールドシリーズMVPも受賞しています。

特に全盛期の2013〜2019年にかけては、

  • 2014年:34先発、215回2/3、242奪三振でリーグ最多奪三振
  • 2017年:15勝4敗、防御率2.52、HR/9=0.67(被本塁打率MLB最少)
  • 2019年:18勝6敗、防御率3.32、リーグ最多勝&251奪三振、ポストシーズン5勝0敗でWS MVP

と、“実績だけ見れば殿堂入り級でもおかしくない”キャリアでした。

1-2. 大型契約後はほぼ投げられず

しかし2019年オフに7年総額2億4500万ドル(約245M)の超大型契約を結んだあと、状況は一変。
契約後に投げたのは、わずか8先発・31イニング、防御率6.89
2020年以降は故障と手術の連続で、事実上「2019年が最後の完全なシーズン」になってしまいました。


2. 故障の履歴:トミー・ジョンから胸郭出口症候群、神経障害へ

2-1. 2010年:トミー・ジョン手術

メジャーデビュー年の2010年、“ストラスマス”と呼ばれた鮮烈な初登板からわずか数ヶ月後、
右肘のUCL断裂(内側側副靭帯断裂)が発覚し、トミー・ジョン手術を受けました。
手術により2011年シーズンの大半を欠場するものの、球速や成績はほぼ元通りに回復しています。トミージョン手術の概要についてはこちらも参考ください。

2-2. 2010年代:たび重なるマイナーな故障

その後も、背中・首・肩などのトラブルでIL入りを繰り返しましたが、
それでも2013〜2019年にかけては1187回1/3投球、K/9=10.48、BB/9=2.35と、
「ケガがちだが投げれば超一流」という状態を維持していました。

2-3. 2020年:手のしびれと手根管(カープルトンネル)手術

2020年は、右手の手根管症候群(carpal tunnel neuritis)によるしびれに悩まされ、
わずか5回1/3の登板でシーズンを終了。8月に手根管手術を受けています。
本人は「投げるたびに親指から手全体がしびれていた」と語り、15分ほどの手術後すぐに症状は改善したとも話しています。

2-4. 2021年:胸郭出口症候群(TOS)の手術

その後も神経症状が続き、2021年7月には右腕の胸郭出口症候群(neurogenic TOS)と診断。
第1肋骨と首の筋肉2本を切除する大掛かりな手術を受けました。

胸郭出口症候群の中でもストラスバーグが患った神経性TOSは、
鎖骨や肋骨の周囲で腕神経叢が圧迫され、肩〜指先にかけてのしびれ・脱力を引き起こすタイプです。
この手術やリハビリの難しさから、TOSはトミー・ジョンよりも復帰率が低いとも言われています。

2-5. 2022〜2023年:重度の神経障害

2022年6月に一度だけ復帰登板を果たすものの、その後また症状が悪化。
2023年6月には、「重度の神経障害(severe nerve damage)」のためリハビリも完全にストップしたと報じられます。

ワシントン・ポストの報道によれば、術後の日常生活は

  • 少し立っているだけで右手がしびれる
  • 幼い娘を抱き上げる、ドアノブを回す、といった動作さえ困難

というレベルにまで悪化していたとされます。

最終的に、2024年4月に正式な引退手続きが行われ、事実上「身体がもう野球を許さなくなった」形でキャリアを終えました。


3. スタッツと投球スタイルから見える「リスク要因」

ここからは、あくまで公開されているデータと報道をもとにした“推測”として、
ストラスバーグの投球スタイルとケガの関係を考えてみます。

3-1. 超高速+スライダー+「長い延長」のパワーピッチャー

ストラスバーグは、プロ入り前から

  • 最速100マイルを超えるフォーシーム(2010年時点で平均96.5マイル)
  • 80マイル台前半のパワーカーブ(本人は“スラーブ”と呼称)
  • 高い空振り率を誇るチェンジアップ(空振り率54%というデータも)

といった球種を武器に、K/9=11.2という異常な三振率を誇る投手でした。

MLB.comによる近年の分析では、ストラスバーグは「腕のしなりが大きく、平均より約15cmも前でボールをリリースする“ロングエクステンション”の投球フォーム」とされています。
このおかげで打者からは球速以上に速く見えますが、同時に肩や背中、首まわりへの負荷が大きい可能性も指摘されています。

実際に、ナショナルズ内部ではキャリア初期から「フォロースルーが肩に負担をかけているのではないか」と懸念する声もあったと報じられています。

3-2. 三振マシンであること自体が“肘・肩への負荷”

ストラスバーグは、デビュー直後から

  • 三振率:11.69 K/9(2012年時点でリーグトップ)
  • 通算三振率もダルビッシュ級の「1試合10奪三振ペース」

という「三振マシン」でした。

本人は「むしろ三振が多すぎるせいで球数が増えてしまう」と自覚しており、
コーチからも「もっと打たせて取れ」というアドバイスを受けていたとされています。

一方で、バッターを空振りさせるボールは、最大限の腕の加速+肘の外反ストレスを伴うことが多く、
同じイニングでも「三振型の投手はゴロピッチャーより肘・肩への負荷が強い」というのは多くの研究・育成現場で共有されている感覚です。

おまけ:ストラスバーグの投球フォームを可視化してみた。

あくまでも推定、かつ限界があるという前提で参考程度にみてもらえると嬉しいです。

重ね書きの結果

参考動画:https://www.youtube.com/watch?v=W9SEcEvaaGo&pp=ygUt44K544OI44Op44K544OQ44O844Kw44CA5oqV55CD44CA44CA44K544Ot44O8

確かに肘の位置はかなり上なのかもしれない(私見)

3-3. 大学〜プロ初期の「エース酷使+急激なイニング増加」

サンディエゴ州立大時代のストラスバーグは、

  • 2008年:防御率1.58、98回1/3で134奪三振
  • 2009年:防御率1.32、109回で195奪三振、13勝1敗

という“異次元のエース”で、1試合23奪三振という記録的なゲームも投げています。

大学では週1先発が基本で、登板間隔はメジャーより長いものの、
1試合あたりの球数・負荷はプロ並みかそれ以上になることも多く、
「大学エースの高負荷ローテーションはプロ入り後の故障リスクになる」という指摘は、近年の分析でも繰り返されています。

さらにメジャー昇格後、2012年にはプロキャリア最高のイニング数に近いペースで投げており、
当時ESPNなどは「前年から+70イニング以上増える可能性がある」と警鐘を鳴らしていました。
ナショナルズは有名な「2012年のイニング制限(約160回)」で途中シャットダウンを行いましたが、
それでも高校〜大学〜プロ初期まで“ほぼ常にエース負担”だったことは否めません。

3-4. 神経系トラブルが連鎖した2020年以降

2020年以降のストラスバーグの故障は、

  • 手根管症候群による手のしびれ(手の神経圧迫)
  • 胸郭出口症候群による腕神経叢の圧迫(首〜肩〜腕の神経障害)
  • 手術後も続いた重度の神経障害(立っているだけで手がしびれるレベル)

と、ほぼすべて“神経”に関わる問題でした。

医学的には、

  • 長年の投球による骨・筋肉の変形(肋骨や鎖骨周辺)
  • フォーム由来の反復的なストレス(長いエクステンション+強いフォロースルー)
  • 手首・肘・肩・首と、腕全体の神経経路にかかる累積負荷

などが、神経圧迫や炎症の誘因となりうるとされていますが、
どの要素が決定的だったかを特定するのはほぼ不可能です。


4. 「ストラスバーグはなぜケガしたのか?」をまとめて言語化すると

ここまでのデータと報道を踏まえて、あくまで仮説として整理すると――

  1. とんでもないレベルの球速・変化球・三振率
    └ 100マイル近いフォーシーム+エグいスラーブ+超一級のチェンジアップという“全力型パワーピッチャー”でキャリアを通じてK/9 10超えという高負荷スタイルだった。
  2. 大学〜プロ初期まで、常に「エース級の負担」を背負ってきた
    └ SDSUでは週一先発で長いイニングを投げ、2009年には109回で195奪三振。
      プロ入り後もローテの柱として長いイニングを任され続けた。
  3. フォームの特性(長いエクステンション、フォロースルー)
    └ 長いリーチとしなやかな腕の振りは武器だった一方、チーム内部でも
     「フォロースルーが肩に負担をかけているのでは」と懸念されていた。
  4. その結果として、神経系のトラブルが顕在化
    └ 2020年の手根管症候群、続く胸郭出口症候群、そして重度の神経障害へと進行し、
      ついには日常生活にも支障をきたすレベルに達してしまった。

繰り返しになりますが、「このフォームだから壊れた」「投げさせすぎたから壊れた」
単純に断定できるものではありません。
ただ、ストラスバーグのキャリアは、

  • 圧倒的な才能と成績
  • 高負荷スタイルとイニングの重なり
  • そして近年の投手に増えている神経系トラブル

がどのように結びつくかを、目の当たりにさせられたケースと言えるでしょう。


5. それでも「短くとも偉大なキャリア」だった

最後に、数字だけを見ても、

  • 通算113勝62敗、防御率3.24
  • ポストシーズン6勝2敗、防御率1.46(特に2019年は伝説級)
  • ナショナルズ初の世界一に決定的な貢献

と、ストラスバーグは“十分すぎるほどにやり切った”投手でした。
その身体に何が起きたのかを考えることは、これからの投手育成や「投げすぎ問題」を考えるうえでのヒントになるかもしれません。

「もし健康だったら、どこまで行っていたのか?」
そんな永遠の“もしも”を残しながらも、彼はワシントンに初の世界一をもたらし、
今は母校サンディエゴ州立大で特別補佐として後進の育成に携わっています。

ケガに苦しんだ投手だったことは間違いありませんが、
それ以上に「健康なときは誰よりも圧倒的だったエース」として、ストラスバーグの名前は語り継がれていくはずです。

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