2025年シーズン開幕から、MLBでは「魚雷バット(トルピードバット)」が一大トレンドになりました。
ニューヨーク・ヤンキースが開幕カード3試合で36得点・15本塁打を叩き出し、そのうち1試合では9本塁打を放ったことで、一気に脚光を浴びたのがこの特殊形状バットです。
この記事では、
- 魚雷バットとはそもそも何なのか(構造とルール)
- ヤンキースで起きた打撃爆発と、使用選手のスタッツ変化
- NPBでの解禁と、実際に使っている選手の概要
を、海外・国内メディアの情報(エビデンス)を引用しながら整理していきます。
魚雷バット(トルピードバット)とは?
「魚雷」や「ボウリングのピン」に似た形状
従来の木製バットは、グリップから先端に向かって徐々に太くなり、先端付近が最も太くなる形状です。
一方、魚雷バットは、
- バットの真ん中付近が最も太い
- そこから先端に向かって細くなる
という「逆三角形+ボウリングのピン」的なラインになっています。
MLB公式の解説では、太い部分(スイートスポット)を6〜7インチほどグリップ側に移動させることで、
同じ長さ・同じ重さのバットでも、重さの中心と「よく飛ぶ場所」を手元寄りに再配置していると説明されています。
結果として、
- スイング時にヘッドが軽く感じられる(重心が手元寄り)
- バットコントロールがしやすく、振り抜きやすい
- 打者が実際によくボールを当てている位置に「木材を集中」できる
とされ、芯に当たる確率やヘッドスピード向上が期待されます。
開発したのはMIT出身の物理学者アーロン・リーンハート
このバットを考案したのは、アーロン・リーンハート(Aaron Leanhardt)。
マサチューセッツ工科大学(MIT)で物理学の博士号を取得し、ミシガン大学で物理学教授を務めた後、ヤンキースの打撃アナリストに転身したという異色の経歴の持ち主です。
リーンハートは、ヤンキースの打者たちが「実際にボールを当てにいっているポイント」が、従来のバットの一番太い部分とズレていることに気づき、
「ならば、よく当たる場所のほうに木材と重さを持ってこよう」という発想からトルピードバットを設計したとされています。
ルール上は“合法”、ただし物議も
MLBのバット規定は、
- 長さ42インチ以下
- 最も太い部分の直径2.61インチ以下
- 表面は滑らかで、丸い単一の木材
といった条件を満たせばよく、「太い部分がどこにあるか」は問われていません。
そのためトルピードバットはルール上は完全に合法であり、コミッショナー・マンフレッドも「MLBにとって良いイノベーション」とコメントしています。
一方で、対戦相手からは「バットの形状が違いすぎてフェアじゃないのでは」という声も上がり、
メディアやファンの間でも「技術革新か、やり過ぎか」を巡る議論が巻き起こりました。
ヤンキースを例に見る「魚雷バット効果」
開幕カードでの本塁打量産
2025年シーズン開幕カード、ヤンキースはミルウォーキー・ブルワーズ相手に3連勝し、
3試合で36得点・15本塁打という猛烈なスタートを切りました。
その中でも特に話題になったのが、
3戦目の20対9の試合で、1試合9本塁打(球団新記録)を記録したこと。
この試合で、コディ・ベリンジャー、アンソニー・ボルピー、オースティン・ウェルズ、ジャズ・チザムJr.、ポール・ゴールドシュミットらが、
次々と魚雷バットでスタンドインさせたと報じられています。
使用選手のバットスピードはどう変わったか
ヤンキースの5選手について、Statcastのバットトラッキングデータを元にした記事では、
前年からの平均バットスピード(スイートスポット付近)の変化が次のようにまとめられています。
- アンソニー・ボルピー:69.3mph → 71.8mph(+2.5mph)
- コディ・ベリンジャー:69.0mph → 71.4mph(+2.4mph)
- ジャズ・チザムJr.:71.9mph → 73.6mph(+1.7mph)
- オースティン・ウェルズ:72.4mph → 73.3mph(+0.9mph)
- ポール・ゴールドシュミット:72.5mph → 72.8mph(+0.3mph)
ESPNや他メディアも、「トルピードバットを使い始めた5人全員で、前年からのバットスピードが向上している」と報じています。
打撃成績(スタッツ)の変化:サンプルはまだ小さい
開幕から数カード時点でのスラッシュライン(打率/出塁率/長打率)をまとめると、
トルピードバット使用が確認されているヤンキースの主な選手は以下のようなスタートを切りました。
- ジャズ・チザムJr.:.417 / .500 / 1.167(14打席で3本塁打・6打点)
- コディ・ベリンジャー:.400 / .357 / .700(14打席で1本塁打・6打点)
- アンソニー・ボルピー:.167 / .286 / .667(14打席で2本塁打・4打点)
- オースティン・ウェルズ:.200 / .333 / .800(12打席で2本塁打・3打点)
数字だけ見ると、
「バットスピードの上昇+長打率アップ」という“狙い通り”の効果が出ている選手もいますが、打席数が少ない段階であり、
トルピードバットだけの効果と断定することはできません。
また、このバットを使っていないスター(アーロン・ジャッジなど)も依然として普通のバットで結果を出しているため、
現時点では「合う選手にはプラスの可能性がある新兵器」という評価が妥当でしょう。
MLB全体への広がり
ヤンキース発のブームをきっかけに、トルピードバットはリーグ全体に拡散しました。
2025年シーズン途中までに、エリー・デラクルーズ(Reds)、フランシスコ・リンドーア(Mets)、ダンズビー・スワンソン(Cubs)など、多くのスター選手の使用が確認されています。
一方で、ヒューストン・アストロズのように「まだ誰も使っていない」球団もあり、
「チームごとにスタンスが分かれている」のも現状の特徴といえます。
NPBでの魚雷バット解禁と、使っている主な選手
2025年4月11日、NPBで公式戦使用が解禁
日本プロ野球(NPB)では、2025年4月11日にプロ野球規則委員会が開かれ、
魚雷バット(トルピードバット)の公式戦使用を即日容認することが決まりました。
同委員会は、バットの太さ(最も太い部分6.6cm以下など)と形状が公認野球規則に抵触しないことを確認。
使用可能なバットには公認シールを貼る運用とし、同日から12球団での使用が認められています。
解禁当日までの練習では、日本ハムの万波中正・清宮幸太郎、阪神の梅野隆太郎らが試打していたことも報じられました。
実は「昔からあった」魚雷バット:タフィ・ローズの例
実は魚雷バット自体はまったくの新発明というわけではなく、
近鉄バファローズ時代のタフィ・ローズらが使用していた「魚雷型バット」がルーツだと指摘する記事もあります。
野球評論家・野口寿浩氏によると、ローズは来日当初から魚雷バットを使用しており、
「多少詰まっても太い部分に当たるので、想像以上に飛距離が出た」と証言しています。
現役NPB選手で魚雷バットを使っている主な例
2025年シーズン時点で、報道ベースで魚雷バット使用が確認されている(もしくはオーダーした)NPB選手としては、例えば次のような名前が挙げられます。
- 清宮幸太郎(北海道日本ハム)…魚雷バットに替えたことで、従来ならスタンドインしなかった打球が本塁打になったケースも伝えられている。
- 大山悠輔(阪神)…状況に応じて魚雷型を試しつつ、打撃内容の改善に取り組んでいるとされる。
- 森下翔太(阪神)…投手や自身の状態に応じて、従来型と魚雷バットを使い分けていると報じられている。
- 源田壮亮・中村剛也(西武)、佐野恵太(DeNA)、中川圭太(オリックス)…福井のバット工場に魚雷バットを発注した選手として名前が挙がる。
- 小川龍成(ロッテ)…6月末からトルピードバットを本格使用。「ポイントを近くにして、ヘッドを手元に感じることで操作性が上がる」とコメント。
NPB選手のスタッツ変化:例として清宮・大山・森下
魚雷バットの効果を完全に数値で切り分けることはできませんが、
ここでは「バット変更と同じ時期に打撃内容が変化した」と言われる代表的な3選手のシーズン成績を簡単に並べておきます。
清宮幸太郎(日本ハム)
- 2024年:打率.300、15本塁打、OPS .898(89試合)
- 2025年:打率.272、12本塁打、OPS .722(138試合)
2024年は規定未到達ながら、7月以降だけで15本塁打を放つなど「夏場から本領発揮」と評されました。
スポーツ紙やコラムでは「魚雷バットで以前ならスタンドインしなかった打球が入った」とも紹介されており、
長打の質が変わったと見る向きもありますが、フォーム改造など他要素も絡んでおり、バット単独の効果とは言い切れません。
大山悠輔(阪神)
- 2024年:打率 .259、14本塁打、OPS .721(130試合)
- 2025年:打率 .264、13本塁打、OPS .759(141試合)
2024年は序盤の不振から二軍落ちを経験しつつも、復帰後は打率.298・11本塁打・49打点と復調したとされています。
魚雷バットの導入も含め、「復調の一因」と見る記事もありますが、こちらもフォームやタイミングの修正が大きく、
バットの恩恵は“サポート役”程度と考えるのが現実的でしょう。
森下翔太(阪神)
- 2023年:打率 .237、10本塁打、OPS .691(94試合)
- 2024年:打率 .275、16本塁打、OPS .804(129試合)
- 2025年:打率 .275、23本塁打、OPS .813(143試合)
2年目の2024年はチームトップタイの16本塁打&得点圏打率.351とブレイク。
森下の場合も、魚雷バットは「相手投手や自分の状態で使い分ける道具のひとつ」とされており、
成長曲線全体の中で見ると、バットが“最後のひと押し”を担っているイメージに近いといえます。
総じて、NPBではまだ使用選手が限られており、統計的に「魚雷バット=顕著な成績アップ」と言えるほどのデータは出ていません。
ただし、「詰まりアウトが多い打者」「ポイントを体に近づけたい打者」には相性が良いという専門家の見立ては共通しています。
魚雷バットは野球をどう変えたのか?
1)「バットフィッティング」の重要性が一気に可視化された
トルピードバットの登場によって、バットは単なる「長さと重さの好み」ではなく、
打者ごとの打点分布(どこでボールを捉えやすいか)に合わせて設計する時代に入ったことがはっきりしました。
ヤンキースは、アンソニー・ボルピーが従来のバットで「ラベル付近に当てがち」だったことをデータから把握し、その位置にスイートスポットを移動させるようトルピードバットをカスタマイズしたと言われています。
2)“道具のイノベーション”への心理的なブレーキが外れた
魚雷バットは「見た目が変わった」こともあり、初期は懐疑的な声も多くありました。
しかし、MLBやNPBが正式に合法と認め、トッププレーヤーが実戦で使用したことで、
「道具の形状はいじってはいけない」という暗黙の前提が崩れたのは大きな変化です。
今後は、バットに限らずグラブ・スパイクなどでも、
データと科学をベースにした“尖った”形状のギアが増えていく可能性があります。
3)「魔法の杖」ではないことも同時に示した
一方で、ESPNや古田敦也氏のコメントにもあるように、
魚雷バットは決して「それだけで飛距離が大幅アップする魔法の道具」ではありません。
- 重心が手前にある分、ヘッドスピードは上がりやすい
- しかし物理的には「重心が遠いほど同じ力でより飛ぶ」のも事実
- 結果として「振り抜きやすさ」と「純粋なテコ効果」のトレードオフになる
という構造的な制約があるため、
「詰まりアウトが多い打者」や「バットコントロール重視の打者」にはプラスだが、全員にとって最適とは限らない、という整理が現状の落としどころです。
まとめ:魚雷バットは“野球のアップデート”の象徴
魚雷バット(トルピードバット)は、
- ヤンキースの本塁打ラッシュで一躍脚光を浴びた新形状バット
- MIT出身の物理学者アーロン・リーンハートが、データ分析から発想した“物理バット”
- バットスピード向上や「芯に当たりやすさ」の向上が報告されている一方で、万能ではない道具
- NPBでも2025年4月に解禁され、清宮・大山・森下らが状況に応じて使用中
という、“野球のアップデート”を象徴する存在と言えます。
現時点のエビデンスから言えるのは、
- 合う選手にとっては「詰まりアウトを減らしつつ、スイングスピードを上げる」可能性がある
- ただし、打撃成績の変化はフォーム・メンタル・対策など多要素が絡むため、「魚雷バットだけの効果」と断定するのは危険
という、かなり慎重な評価です。
それでも、データと科学を背景にしたギアの進化は今後も加速するはず。
「バットはこういう形」という固定観念が壊れた今、
次の10年で、野球の道具とプレースタイルがどう変わっていくのか――その第一歩として、魚雷バットの存在を押さえておく価値は大きいでしょう。



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