ピッチクロックがWBCやNPBに与える影響について考えてみた。

野球

次回大会(2026 WBC)では、ついにピッチクロックが本格導入されることが決まりました。 侍ジャパンも2025年秋の宮崎キャンプで、実戦形式の練習からピッチクロックとピッチコムを使い始めています。

この記事では、

  • WBCで導入されるピッチクロックの具体的なルール
  • MLBで実際に何が変わったのか(試合時間・盗塁・故障リスクなど)
  • NPBの現状と、日本人投手・打者への影響
  • おまけコーナー:「森福允彦がWBCピッチクロック下で投げたら?」

という流れで、「WBC予習用」の視点から整理していきます。

1.次回WBCで導入されるピッチクロックとは?

侍ジャパン公式サイトによると、2026年のWBCでは、NPBではまだ採用されていないピッチコムとピッチクロックが導入されます。

WBCでのピッチクロックの基本仕様(予定)

  • 投手がボールを受け取ってから…
    • 走者なし:15秒以内に投球動作を開始
    • 走者あり:18秒以内に投球動作を開始
  • 打者は残り8秒になるまでに打撃姿勢を完了しておく必要あり
  • 時間を超過すると、自動的にボール or ストライクがカウントされる(MLBと同様の運用が想定)

つまり、「間」を重視してきた日本野球にとって、これまでの半分くらいのテンポで投げ続けなければいけないようなイメージになります。

2.そもそもピッチクロックとは? MLBルールのおさらい

WBCのピッチクロックは、基本的にMLBのルールをベースにしています。MLBでは2023年シーズンから、以下のようなルールが導入されました。

MLBのピッチタイマー(2023〜)の概要

  • 打者間:30秒以内に次の対戦へ
  • 投球間:
    • 走者なし:15秒
    • 走者あり:20秒(→2024年から18秒に短縮)
  • 制限を超えると…
    • 投手側の違反:自動的にボール
    • 打者側の違反:自動的にストライク
  • 牽制・プレート外しの回数制限、ベース拡大(盗塁を促進)などもセットで導入

MLBはマイナーリーグで数年テストしたうえで導入しており、その時点で試合時間が平均26分短縮されるなど、大きな効果が確認されていました。

3.MLBで実際に何が変わったのか?

(1)試合時間は「3時間10分 → 2時間40分台」へ

MLBでは、ピッチクロック導入前の2021年に平均試合時間が3時間10分まで伸びていました。 それがピッチクロック導入後、

  • 2022年:3時間04分
  • 2023年:2時間40分(9回試合平均)
  • 2024年:2時間36分(ここ40年で最短クラス)

と一気に「3時間の壁」を割り込む形になっています。 3時間半〜4時間級のダラダラした試合が激減し、「テレビで最後まで見やすくなった」「球場からの帰りが楽になった」とファンの評価は概ねポジティブです。

(2)盗塁数・得点の増加

ピッチクロック+拡大ベース+牽制制限のセット効果で、

  • 1試合あたりの盗塁企図数:1.4 → 1.8回(2022→2023)
  • 成功率:75%台 → 80%超
  • リーグ全体の盗塁数:2,486 → 3,500超と、一気に80年代レベルへ

「待ちの野球」より「動きの多い野球」へシフトし、 特に走塁の価値が一気に復権したのが大きな変化です。

(3)故障リスクへの懸念も

一方で、投手からは

  • 球間の回復時間が短くなる
  • フォームを整えきれないまま投げるケースが増える

といった理由で、肩・肘への負担増を懸念する声も根強くあります。 MLBでも「因果関係ははっきりしない」とされつつも、選手会や一部投手が警戒しているのは事実です。

4.NPBの現状:試合時間と投球間隔

(1)NPBの平均試合時間

NPB公式のデータでは、2023年シーズンの9回試合のみの平均試合時間は3時間07分。 延長やコールドを含めると約3時間13分前後とされています。

MLBが2時間40分前後まで短縮されていることを考えると、 NPBはまだ30分以上長い世界にいると言って良さそうです。

(2)1球あたりの「間」はおよそ40秒

元審判員のデータ分析では、1989〜2023年のNPB全試合を対象に、 総試合時間と総投球数を割り返す形で「1球あたり約39.5秒」という試算も出ています。 もちろん攻守交代や投手交代の時間も含まれるためざっくりですが、

・MLBピッチクロック:15秒 or 18秒 ・NPBの平均感覚:おおよそ40秒近辺

と考えると、体感的には「今の半分くらいのテンポで投げ続ける」必要がある、とイメージできるはずです。

(3)NPBにも「時短ルール」はあるが…

NPBはすでに2008年から試合時間短縮に向けたルール整備を進めており、

  • イニング途中の投手交代は通告から2分45秒以内に再開
  • 最近は「打者間30秒ルール」の徹底(前の打席終了から30秒以内に構える)なども議論

といったルールが運用されています。 ただし、MLBやWBCのような「投球間に直接制限をかけるピッチクロック」は、 まだNPB本体には導入されていません。

5.WBCピッチクロックがNPB投手に与える影響

ここからが本題。 「普段はNPBのテンポで投げている選手」が、いきなりWBCでピッチクロックに放り込まれたら何が起きるのか、タイプ別に考えてみます。

(1)テンポが遅めの投手:最も影響を受けるゾーン

日本人投手の中には、

  • 毎球、マウンドを外して大きく一呼吸
  • サイン交換に時間をかける
  • ランナーが出ると、クイックのタイミングを色々変えながら間を取る

といった「間を使ったスタイル」の投手が少なくありません。 こうしたタイプは、

  • ルーティンを削らざるを得ない → メンタルの安定を失いがち
  • セットポジションに入るまでが急ぎ足になり、バランスを崩す
  • 結果として「置きに行く球」が増え、球威・キレが落ちる

といったリスクが高くなります。

(2)テンポが速いパワーピッチャー:むしろ追い風

一方、

  • 元々テンポ良くポンポン投げる
  • 球威で押し込むスタイル
  • キャッチャーの構えにすぐ投げ込めるタイプ

といった投手にとっては、ピッチクロックはむしろプラス要素になりえます。

  • 打者に考える時間を与えない
  • テンポで守備陣を乗せられる
  • 国際試合特有の「間延びした展開」になりにくい

といったメリットがあり、 「速球+スライダーでガンガン攻める」タイプの若い投手はWBC向きと言えそうです。

(3)コントロール型・技巧派への影響

コントロール型や技巧派は、

  • 配球で勝負する分、サイン交換や首振りの時間が削られる
  • 1球ごとに微妙なフォーム調整をする余裕がなくなる

というデメリットもありますが、

  • もともと力感の少ない投球フォームで、テンポを上げてもフォームが崩れにくい
  • ストライクゾーンに先行し続ければ、むしろ打者側に時間的プレッシャーを与えられる

というプラス面もあります。 「ストライク先行の投球ができるかどうか」が、ピッチクロック時代の生存条件になりそうです。

(4)肩・肘への負担と選手会の懸念

日本プロ野球選手会は2024年のNPBとの事務折衝で、

  • 「何のためにやるのか目的がはっきりしない」
  • 「投球間隔が短くなって、十分整えないまま投げてケガにつながる可能性がある」

として、26年WBCでのピッチクロック導入に反対する立場を表明しています。

WBCは短期決戦なので、投球数や登板間隔の管理も含めて、 「ピッチクロック+球数制限+短期決戦」という三重の負荷をどうコントロールするかが、 首脳陣の腕の見せどころになってきます。

6.打者・守備側への影響:守備のリズムと「考える時間」の減少

(1)打者:考える前に構えろ、の世界へ

打者は、

  • 8秒前までに打撃姿勢を完了していなければならない
  • やたらと打席を外すと、ピッチクロック違反で自動ストライク

という制約がかかります。 特に、国際大会のようなプレッシャー下では、

  • 「間」を使ってメンタルを整える時間が減る
  • 配球をじっくり考える余裕がない

という点で、日本人打者への影響も大きくなりそうです。

(2)守備:リズムが合えばエラー減・集中力アップも

一方、守備側から見ると、

  • 投球間隔が短くなる → 守備位置の微調整はやや難しくなる
  • しかし、テンポが良いほど守備は集中しやすい・守備時間も短くなる

ので、テンポの良い投手が国際試合で重宝される流れは、今後さらに加速しそうです。

7.おまけ:森福允彦がピッチクロック時代にいたらどうなっていた?

ここで少し脱線して、「ピッチクロック時代に森福允彦がいたら?」というIFを考えてみます。

ソフトバンク〜巨人で活躍した左腕・森福允彦。 彼と言えば、

  • グラブを顔の前に持っていき、じっくり一呼吸
  • 足を上げては下ろし、またセットし直す独特のリズム
  • YouTubeに「森福が1球投げる間にできること」というネタ動画が上がるほどの投球間隔

と、「間」を最大限に使う投手としても有名でした。

もしWBCのピッチクロック(15秒/18秒)の世界で投げていたら、

  • あのルーティンを全部やっていたら、間違いなく毎回「自動ボール」
  • ルーティンを削ってしまうと、逆に彼の武器である独特のスライダーのキレが落ちる可能性

と、かなり厳しい環境になっていたかもしれません。

ただし、森福はフォーム改造や新しい武器の習得に何度も挑戦してきた投手でもあります。 実際にピッチクロック時代に現役だったら、

  • セットポジションに入るまでの動作をギュッと短縮する
  • 配球パターンをもっとシンプルにする
  • クイックでもキレが落ちないフォームを作り直す

といった形で、また新しい「森福スタイル」を編み出していた可能性も十分あります。

森福のような投手を思い浮かべると、 「ピッチクロックは、単にテンポを早くするだけでなく、投手のキャリアそのものを変えうるルール」だということが実感できるはずです。

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