広島の「5位力」を振り返る。マツダスタジアム開場前のカープを象徴する成績を確認

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2026.04.04 / 引用付きHTML記事

広島カープには、昔から妙な言われ方があります。
「5位力がある」というやつです。

もちろん、本来うれしい言葉ではありません。優勝争いをするでもなく、最下位に沈み切るでもなく、なぜか5位あたりに着地する。しかもそれが一時的ではなく、かなり長く続く。マツダスタジアム開場前、つまり広島市民球場時代の終盤を振り返ると、このイメージが生まれた理由はかなりよく分かります。[1][2]

結論から言うと、広島の「5位力」はただのネットの悪ノリではありません。特に2000年代前半から2008年までの市民球場末期は、5位に吸い寄せられるような成績が続いた時代でした。今回はその実態を、NPBと球団公式の年度別成績をもとに見ていきます。

目次

  1. そもそも「5位力」とは何か
  2. マツダスタジアム開場前の順位推移を見る
  3. なぜ市民球場末期の広島が“5位力”の象徴なのか
  4. マツダ開場後に何が変わったのか
  5. 結論。5位力は本当にあった

そもそも「5位力」とは何か

「5位力」というのは、簡単に言えばなぜか5位に落ち着いてしまうチーム性を指すネット的な表現です。最下位で完全に沈むわけではない。でもAクラスにも届かない。希望を持たせすぎず、絶望もしきらない。その微妙な立ち位置に居続ける感じが、広島には長くありました。

実際、NPBの広島年度別成績をざっと見ると、1970年代後半から1980年代の黄金期は別として、1990年代後半以降はBクラスが増えます。そしてマツダスタジアム開場前の終盤にかけて、特に「5位」が目につくようになります。つまりこれは、単なる一発ネタではなく、かなり順位推移に根ざした言い方です。[1]

「5位力」の意味最下位ではない。けれど上にも行けない。
その“中途半端な定位置感”が、広島には長くついて回りました。

マツダスタジアム開場前の順位推移を見る

マツダ スタジアムの公式戦初開催は2009年4月10日。つまり、それ以前の広島市民球場時代までが今回の対象です。NPBの年度別成績と球団公式年表を並べると、2000年から2008年までの広島はこうなります。[1][2][3]

年度順位補足
20005位Bクラス
20014位少し浮上
20025位再び5位
20035位3年で2度目の5位
20045位また5位
20056位ついに最下位
20065位最下位の翌年もBクラス
20075位また5位
20084位市民球場ラストイヤー

見事なくらい5位が多いです。2000年から2008年までの9年間で、広島は5位が6回。4位が2回、6位が1回。つまりこの時期の広島は、優勝争いとはかなり遠い一方で、最下位に固定されるわけでもなく、かなりの確率で5位へ着地していました。これでは「5位力」と言われても仕方ありません。[1]

しかもこれは一瞬の谷ではなく、かなり長期の傾向です。2002年から2004年は3年連続5位。2005年に6位へ落ちたあとも、2006年と2007年は再び5位。最下位すら長く続かず、また5位へ戻ってくる。この“絶妙に中途半端な安定感”こそが、市民球場末期の広島を象徴していました。[1][2]

市民球場末期の広島2000〜2008の9年間で5位が6回。
これだけ続けば、「5位力」はほぼ事実ベースのネタです。

なぜ市民球場末期の広島が“5位力”の象徴なのか

この時期の広島が印象的なのは、完全崩壊ではないところです。NPBの通算記録や各年度成績を見ると、2005年には最多安打級の数字もあり、弱いだけで説明できるチームではありませんでした。打てる年もある。若手が伸びる年もある。でも投打がきれいに噛み合わず、最終的に4位か5位、たまに6位へ落ちる。そういう“惜しそうで惜しくない”シーズンが続いたのです。[1][4]

さらに、広島市民球場時代の終盤は球団全体としても転換期でした。2009年に新球場へ移る前の数年間は、球団公式でも「新球場元年」前夜として区切られる時期です。言い換えると、旧市民球場ラスト期の広島は、後の黄金期とは明確に別のチームでした。マツダ開場後に若手育成と戦力の積み上げが進む前、最後の“古い広島”を象徴するのが、この5位連発の時代だったとも言えます。[2][3]

つまり、「5位力」という言葉が単に成績だけを指しているわけではありません。勝ち切れない、でも壊れ切らない、ずっと再建途中みたいな空気まで含めて、あの頃の広島をひとことで表した俗称なんだと思います。

マツダ開場後に何が変わったのか

2009年にマツダ スタジアムが開場すると、広島はすぐ強豪になったわけではありません。ただ、年度別成績を見れば、少なくとも“5位に吸い寄せられる球団”というイメージは徐々に変わっていきます。2013年にAクラス入り、2016年には25年ぶりのリーグ優勝。その後は2016、2017、2018とリーグ3連覇を達成しました。市民球場末期の「4位か5位か6位か」という時代と比べると、景色は完全に別物です。[1][2]

だからこそ、「5位力」という言葉には時代性があります。今の若いファンから見ると少しピンと来ないかもしれませんが、マツダ開場前の広島を見ていた人にとっては、かなりリアルな言葉です。あの頃の広島は、本当に5位が似合ってしまっていた。数字を並べると、その感じがよく分かります。

結論。5位力は本当にあった

広島の「5位力」を、マツダスタジアム開場前の成績から振り返ると、これはかなり本当です。

  • 2000〜2008年の9年間で5位が6回
  • 4位が2回、6位が1回で、Aクラスはゼロ
  • 特に2002〜2004年、2006〜2007年は5位が定位置化していた

つまり、広島市民球場末期のカープは、ただ弱かったというより、やたら5位に落ち着くチームだったと言った方が正確です。上へも行き切らず、下に沈み切るでもなく、絶妙に5位を引き寄せる。その順位推移が、「5位力」というネットスラングを生んだわけです。

後の3連覇を知っていると、なおさらこの時代は異質に見えます。でも、その落差も含めて広島という球団の面白さなのかもしれません。少なくとも、マツダ開場前の広島を象徴する言葉をひとつ選ぶなら、「5位力」はかなり有力です。数字を見ても、それは冗談では済まないくらい当たっています。[1][2][3]

※本記事では「マツダ スタジアム開場前」を広島市民球場時代の2008年までとして整理しています。球団の長い歴史全体では黄金期もあるため、「5位力」は特に2000年代前半〜末期の広島を象徴する言い方として捉えるのが自然です。

参考リンク / 引用元

  1. NPB「広島東洋カープ 年度別成績(1950-2026)」
  2. 広島東洋カープ公式「広島市民球場(MAZDA Zoom-Zoomスタジアム広島)」
  3. NPB「MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島」
  4. チーム歴代シーズン記録・広島
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