ヤクルトスワローズが躁鬱と言われる所以。年ごとに1-6位をジェットコースターのように推移した歴史を振り返る

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2026.04.04 / 引用付きHTML記事

ヤクルトファンの間では、昔からよく言われます。
「この球団、躁鬱すぎる」と。

これは単なる自虐ではありません。実際に年度別成績を並べると、ヤクルトは優勝する年は一気に頂点まで行くのに、落ちるときは平気でBクラス、時には最下位近くまで沈みます。最近だけ見ても、2020年6位→2021年1位→2022年1位→2023年5位→2024年5位→2025年6位。ジェットコースターという表現が大げさではないくらい、振れ幅が大きいです。[1][2]

では、なぜヤクルトはここまで順位が荒れやすいのか。今回は、近年の乱高下だけでなく、国鉄時代からの低迷期、野村黄金時代、若松時代、真中・高津時代までざっくり振り返って、「躁鬱球団」と呼ばれる理由を整理します。

目次

  1. 最近のヤクルトはどれくらい激しく上下しているのか
  2. そもそも昔からジェットコースター球団だった
  3. なぜここまで順位がぶれやすいのか
  4. それでもヤクルトファンがこの球団をやめられない理由
  5. 結論。ヤクルトの本質は「安定しない強さ」にある

最近のヤクルトはどれくらい激しく上下しているのか

まず近年だけ見ても、ヤクルトの順位推移はかなり極端です。NPBの年度別成績と球団アーカイブを並べると、2019年は6位、2020年も6位、2021年は1位、2022年も1位、2023年は5位、2024年は5位、2025年は6位です。直近7シーズンで最下位級と優勝を両方経験しているわけで、しかもその切り替わりがとにかく急です。[1][2]

年度順位ひとこと
20196位2年ぶり最下位
20206位2年連続最下位
20211位リーグ優勝・日本一
20221位リーグ連覇
20235位Bクラス転落
20245位連続Bクラス
20256位再び最下位

この並びが面白いのは、「少しずつ上がって少しずつ下がる」チームではないことです。2020年に6位だったチームが、翌2021年にはいきなり1位。しかも高津政権では2021年と2022年に連続優勝を果たし、その直前2年は連続6位でした。普通は再建期を1〜2年挟みそうなものですが、ヤクルトはそこを飛び越えてくる。逆に、優勝後に安定王者になるわけでもなく、2023年からまたBクラスへ戻る。この急角度の上下こそが、“躁鬱”と言われる最大の理由です。[1][2][3]

最近のヤクルトをひとことで最下位から優勝、優勝からBクラスへ。
「波がある」ではなく、「振れ幅がデカすぎる」のがヤクルトです。

そもそも昔からジェットコースター球団だった

ただし、これは最近だけの話ではありません。球団公式の「球団のあゆみ」と年度別成績を見ると、ヤクルトは国鉄〜産経〜アトムズ時代を通じて長い低迷期を経験しています。1950年代から1960年代にかけては4〜7位が多く、1950年は7位、1953年は6位、1961年は6位、1964年は最下位。球団史の前半は、むしろ苦しい時期の方が長かったことが分かります。[2][4][5]

そこから一気に景色を変えたのが、1978年の初優勝・日本一です。球団公式ヒストリーでも、1978年は「創立29年目にして悲願のリーグ初優勝・日本一」と位置づけられています。長く低迷していたチームが、ある年に一気に頂点まで行く。この“急な爆発”は、後のヤクルトにも通じるものがあります。[6]

さらに有名なのが野村克也監督時代です。球団公式によれば、1990年に野村監督が就任し、1992年に14年ぶりのリーグ優勝。その後、1993年、1995年、1997年と10年間でリーグ優勝4回、日本一3回を達成しました。これは間違いなく黄金期ですが、その後はまたずっと安定王者だったわけではありません。[6]

2001年には若松勉監督の下で日本一を達成した一方、2000年代後半から2010年代前半はまた中位〜下位を行き来。2015年に真中満監督で優勝すると、2017年には一転して96敗で最下位。球団アーカイブでも、2015年は1位、2016年は5位、2017年は6位です。優勝の熱狂から、わずか2年でどん底まで落ちる。この感じもまた、いかにもヤクルトです。[2][7]

時期ざっくり順位傾向特徴
1950〜60年代4〜7位中心長い低迷期
19781位初優勝・初日本一
1992〜1997優勝4回野村黄金期
20011位若松監督で日本一
20151位真中監督で優勝
20176位96敗で最下位
2021〜20221位・1位高津監督で連覇
2023〜20255位・5位・6位再びBクラスへ

つまりヤクルトの歴史は、安定して2位3位にいるタイプではなく、長く沈む時期と、一気に頂点へ行く時期が交互にやってくる歴史だと言えます。これが“ジェットコースター球団”の正体です。[1][2][6][7]

なぜここまで順位がぶれやすいのか

理由はいくつかありますが、一番大きいのはやはり戦力の波が順位に直結しやすいチーム構造です。球場特性もあって、ヤクルトは打線が噛み合う年は一気に得点力で突き抜けます。一方で、投手や主力野手に故障が重なると、一気に耐久力が落ちやすい。近年も、2021〜2022年の優勝期には村上宗隆、山田哲人、塩見泰隆、中村悠平らが機能した一方、その後は主力の離脱や不振がそのまま順位低下へつながりました。球団公式の直近成績でも、その波がかなりくっきり出ています。[1][2][3]

もうひとつは、ヤクルトが“少し弱いけど堅実なチーム”になりにくいことです。もともと優勝する時は打線や投手運用がハマって一気に上まで行く一方、歯車がズレると補う余地が小さく、下まで落ちやすい。言い換えると、中途半端に安定するより、爆発か失速かに振れやすい球団なんです。

これはファン心理にも直結します。毎年3位前後で淡々と終わるチームではなく、最下位に沈んだ翌年にいきなり優勝するかもしれない。逆に、優勝した翌年に普通にBクラスへ落ちるかもしれない。この予測不能さこそが、ヤクルトという球団の魅力でもあり、しんどさでもあります。

躁鬱と言われる根っこ安定してそこそこ強い、が続きにくい。
上がるときは一気に上がるし、崩れるときも一気です。

それでもヤクルトファンがこの球団をやめられない理由

じゃあ、なぜこんなに振れ幅の大きい球団を応援し続けるのか。たぶん答えはシンプルで、たまに来る“当たり年”の快感が大きすぎるからです。1978年、1992〜1997年、2001年、2015年、2021〜2022年。ヤクルトはずっと強いわけではないのに、勝つときはちゃんと日本一まで行く。球団公式のヒストリーでも、その節目節目の優勝と日本一が濃く描かれています。[6]

そして、その頂点の景色を一度見ているからこそ、低迷期にも「また急に来るかもしれない」と思えてしまう。これは安定した常勝球団とは別の中毒性です。良くも悪くも、ヤクルトはファンに“来年は分からない”と思わせる力が強い。だから「躁鬱」と笑いながら、結局見続けてしまうのだと思います。

結論。ヤクルトの本質は「安定しない強さ」にある

ヤクルトが躁鬱と言われる所以を、年度別成績から振り返ると、やっぱりかなり妥当です。

  • 最近だけでも6位→1位→1位→5位→5位→6位と激しく上下している
  • 昔から低迷期と黄金期が交互に来るような歴史を持つ
  • 優勝する時は一気に頂点まで行くが、崩れる時も一気

つまりヤクルトは、ただ不安定な球団なのではありません。「安定はしないが、ハマると一気に全部持っていく」球団です。だからこそ、1位にも6位にもなれる。だからこそ、ジェットコースターみたいな順位推移になる。

安定した強さではなく、乱高下する強さ。これこそが、ヤクルトが“躁鬱球団”と呼ばれる本当の理由なのだと思います。数字で見ても、歴史で見ても、それはかなり本当です。[1][2][6][7]

※本記事ではリーグ順位推移を中心に整理しています。2026年はシーズン途中のため、本格的な順位評価の対象には含めていません。

参考リンク / 引用元

  1. NPB「東京ヤクルトスワローズ 年度別成績(1950-2026)」
  2. 東京ヤクルトスワローズ公式「年度別成績」
  3. 東京ヤクルトスワローズ公式「2021 JERA セ・リーグ優勝特設サイト」
  4. 東京ヤクルトスワローズ公式「1950年代 | 球団のあゆみ」
  5. 東京ヤクルトスワローズ公式「1960年代 | 球団のあゆみ」
  6. 東京ヤクルトスワローズ公式「球団のあゆみ」
  7. NPB「年度別成績」
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