「胃に汗をかく」——昭和カープ“狂気のキャンプ”を振り返る(猛練習の功罪)

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「胃から汗が出る」「胃が汗をかく」——プロ野球のキャンプ表現としては、もはや伝説級のフレーズです。
この言葉が強烈に刺さるのは、比喩なのに映像が浮かぶから。広島東洋カープの“昭和〜平成初期の猛練習文化”は、実際に「12球団随一の練習量」と語られてきました。[1]

本記事では、

  • 「胃に汗をかく」と言われた狂気のキャンプとは何だったのか
  • 誰が・いつ・どんな思想で作ったのか(昭和カープの文脈)
  • 猛練習の“功罪”をどう考えるべきか

を、出典つきで整理します。


1. 「胃に汗をかく」はどこから来た?——達川光男の“猛練習証言”

この表現が広まった大きな理由は、元カープ捕手の達川光男が「胃から汗が出る(出るまでやった)」と語ったことにあります。
スポニチはラジオ出演時の発言として、達川が「広島時代には胃から汗が出るまでやっていた」と振り返った、と報じています。[2]

さらにデイリースポーツのコラムでは、達川の「胃から汗が…」を、1989年2月1日(山本浩二監督就任1年目)、沖縄市での一次キャンプ初日の記憶として描写。
そこで「鬼軍曹」と呼ばれた大下剛史ヘッドコーチの怒声のもと、ベテラン組も初日からランニングに駆り出された——と具体的に書かれています。[1]


2. 昭和カープ“猛練習文化”はどう作られた?(ざっくり系譜)

「昭和カープ=猛練習」のイメージは、特定の1年の出来事というより、複数の時代の積み重ねです。代表的な流れはこんな感じ。

(A)“鬼コーチ”の系譜:関根潤三など

昭和カープの土台作りを語るとき、「鬼コーチ」の存在は外せません。J:COMのNPBコラムは、関根潤三について晩年の“好々爺”とは対照的に、若き日は「鬼コーチ」だった、と紹介しています。[3]
(※関根の全てをカープ練習に直結させるのは乱暴ですが、「昭和の指導=猛練習が当たり前」だった空気を象徴する人物として引用しています。)

(B)古葉竹識時代:秋季キャンプの厳しさ

カープOBの山崎隆造は、古葉監督時代について「特に秋季キャンプが厳しかった」と証言し、若手の頃は「早くベテランになりたいと思った」と回想しています。[4]
春よりも秋の方が追い込みやすい、という指摘も含まれており、昭和カープの“鍛える文化”がシーズン外にも及んでいたことが分かります。[4]

(C)山本浩二政権(1989〜)×「鬼軍曹」大下剛史:胃に汗が出るキャンプの象徴

そして「胃に汗」の象徴として語られるのが、山本浩二監督1年目の1989年キャンプ。デイリースポーツは、練習メニュー表を見ても驚かなかった記者が、初日の内容に目を疑った——という筆致で、大下ヘッドの怒声と“いきなりランニング”を描いています。[1]

Wikipediaでも大下剛史について、カープのコーチ時代に「シゴキと言われるほどの猛練習」を課し、達川が「胃から汗が出る」と形容した、という記述があります。[5]
(※一次情報ではありませんが、上の新聞系記事の内容と方向性が一致する“補助線”として扱います。)


3. 何が“狂気”だったのか?——昭和キャンプが「胃にくる」理由

昭和カープのキャンプが「狂気」と言われるのは、単に長時間というより、

  • 初日からベテランも例外なく走らせる(練習量の平等性という名の地獄)[1]
  • 一日中びっしりのスケジュールが“普通”になっている[1]
  • 「練習は不可能を可能にする」という哲学で、量が正義になりやすい[2]

…といった、選手の“逃げ道”を消す設計があったからです。

達川自身も「広島の練習量は半端ない」と語り、引退後に他球団で練習量の少なさに驚いた、というエピソードが紹介されています。[2]


4. 猛練習の「功」:カープが強くなるために必要だった側面

昭和カープの猛練習が肯定的に語られるとき、理由はだいたい3つに集約されます。

① 体の強さ(シーズンを戦う耐久性)

達川は広島の強さの要素として「練習量」「体の強さ」を挙げています。[2]

② 若手の底上げと競争原理

山崎隆造の回想でも、当時の主力の練習量に引っ張られて「負けていられない」と感じた、と語られています。[4]

③ 「勝つための文化」を作る

デイリースポーツの文章は、練習量が“文化”として根付いていたからこそ、メニュー表を見ても驚かなかった、と前置きしています。[1]
この「当たり前の水準」を上げるのが、チーム作りの強烈な手段だったのは確かです。


5. 猛練習の「罪」:現代目線だと危うい(怪我・燃え尽き・指導の暴走)

一方で、昭和の猛練習がそのまま美談で終われないのも事実です。

  • 故障リスク(走り込み・反復練習は、質の管理を誤ると壊れる)
  • 精神論の暴走(目的が「上手くなる」から「耐える」にズレる)
  • 個別最適の欠如(体格・体質・故障歴は全員違う)

実際、大下剛史の“猛練習”については、主力が育った側面を認めつつも、シゴキとして語られる強度だったことが記述されています。[5]


6. まとめ:「胃に汗をかく」は昭和カープの象徴。強さの源泉であり、同時に危うさも孕んだ

  • 「胃から汗が出る」は達川光男の猛練習証言として広まり、広島の練習文化を象徴する言葉になった。[2]
  • 1989年キャンプ(山本浩二政権1年目)では、大下剛史ヘッドのもとでベテランも初日から走らされた、という具体描写が残る。[1]
  • 古葉時代は秋季キャンプが特に厳しかった、というOB証言もあり、昭和カープの“鍛える文化”は一過性ではない。[4]
  • 功は「体の強さ・底上げ・文化形成」。罪は「怪我・精神論の暴走・個別最適の欠如」。

「胃に汗をかく」は笑い話にもなるし、今読むと背筋が寒くもなる。
でも、あの狂気があったからこそ、カープは“成り上がるための方法”を手に入れた——そういう歴史の一面として、語り継がれているのだと思います。


参考・引用元

  1. デイリースポーツ(2022/1/29):「胃から汗が」…1989年キャンプ初日の描写(大下ヘッド、ベテランも初日からランニング等)
  2. スポニチ(2019/4/29):達川光男「広島時代には胃から汗が出るまでやっていた」ほか練習量に関する発言
  3. J:COM NPBコラム(2020/4/14):関根潤三を「若き日は鬼コーチ」と紹介
  4. Hiroshima Athlete(2023/5/6):山崎隆造が語る「古葉監督時代は秋季キャンプが特に厳しかった」等
  5. Wikipedia:大下剛史(カープのコーチ時代に猛練習、達川が「胃から汗」と形容した旨の記述)

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