北海道日本ハムファイターズの秋季キャンプに「テスト生」として参加している台湾代表捕手・林家正(リン・ジャージェン/英語名ライル・リン)。肩書きだけ見ると“テスト生”だが、実際は台湾代表の正捕手であり、MLBドラフト指名経験もある28歳だ。この記事では、林家正のこれまでの経歴、国際舞台での活躍、そしてファイターズで期待される役割までを整理する。
林家正とは誰なのか?──台湾・新北市から北海道日本ハムへ
林家正は1997年6月26日、台湾・新北市(旧台北県)生まれ。183cm前後・90kg級の恵まれた体格を持つ右投げ右打ちの捕手である。小学生の頃から野球を始め、中学時代は捕手だけでなく一塁手、二塁手、さらには投手もこなすマルチプレーヤーだった。投手として130キロ台の直球を投げていた強肩は、捕手としての送球やスローイングにもつながっている。
林家正のキャリアを特徴づけるのは、「自分から海外に出て環境を取りに行った捕手」であることだ。高校進学のタイミングで、林家正は15歳にして単身アメリカ・カリフォルニアへ渡り、JSerra Catholic High School(ジェセラ・カトリック高)へ進学。英語も十分ではない状態で、いきなりアメリカ式のトレーニングと競争の中に飛び込んだ。
この“10代から米国で揉まれた捕手”という背景は、台湾でもNPBでもかなりレアだ。林家正は、学校やチームに呼ばれて海外に行ったのではなく、自分の意思で海外に出て、サバイブしてきたタイプの捕手である。
大学野球の名門・アリゾナ州立大で「打てる捕手」を証明した林家正
高校最終学年の2016年、林家正はMLBドラフトでシアトル・マリナーズから16巡目指名を受けている。だが林家正はすぐにはプロ入りせず、アリゾナ州立大学(Arizona State University、ASU)への進学を選んだ。この判断は、林家正の「野球だけでなく、言語・文化・知識も自分に取り込む」というスタンスをよく表している。世代でいうと日本ハム堀や西武今井とかと同じくらいの世代になるだろう。
アリゾナ州立大は全米屈指の野球名門校で、MLBに多くの選手を送り出している強豪プログラムだ。その強豪で、林家正は1年目から打率.290前後をマーク。2年目は.312と安定感を示し、3年目(2019年シーズン)は指名打者として打率.299、9本塁打、50打点という長打力も見せた。
捕手がDH枠でも結果を出すというのは、単なる守備型キャッチャーではないというメッセージだ。「打てる捕手・林家正」というイメージは、この大学時代に確立されたと言っていい。
林家正本人も、アリゾナ州立大から声がかかったときのことを「人生でいちばんうれしい瞬間だった」と語っているとも伝えられている。ディビジョン1(NCAA D1)という全米トップレベルの舞台で、勉強と野球の両方に本気で取り組む。それは林家正にとって、“捕手としての技術”だけではなく“アメリカ流のチーム運営・試合運び”まで学ぶ時間だった。
林家正、MLBドラフトからプロ入り──「台湾出身の捕手がMLBドラフト指名で契約」という肩書
2019年、林家正はMLBドラフトでアリゾナ・ダイヤモンドバックスから14巡目(全体422位)指名を受け、契約。台湾出身の捕手がアメリカ本土の大学からドラフト指名を受けてメジャー球団と契約、というのは非常に珍しい経路であり、林家正はその点でも注目された。
林家正のプロ初年度はローA(Hillsboro Hops)でスタート。しかし2020年、マイナーリーグ全体がパンデミックの影響で公式戦中止となり、実戦機会を失う不運に見舞われる。それでも林家正は2021年にA~2A、2022年にはA~3Aとレベルを跨ぎながら経験を積み、2Aや3Aレベルの投手陣を実戦で受け続けた。
マイナーリーグでの打撃成績は、通算打率.200台前半と派手ではない時期もあったが、これは「打てない捕手」という意味ではない。林家正は、150キロ級(95マイル級)の速球派や制球が荒い若手有望株ら、多様なタイプの投手をまとめる役割を担い、ゲームメイク力やリード面で評価されるタイプに進化していった。
2023年にはトロント・ブルージェイズ傘下でもプレーし、捕手だけでなく一塁手も守るユーティリティ性を見せてキャリアの幅を広げる。さらにその後も再びダイヤモンドバックス傘下に戻るなど複数の組織を経験し、2025年にはオークランド・アスレチックス傘下の2Aチーム(ミッドランド・ロックハウンズ)で正捕手的に投手陣を受け、独立リーグ(アトランティックリーグ)にも合流して試合感覚を切らさずプレーを続けた。
要するに、林家正は「リリースされてもすぐに他の場所でプレー機会をつかみ、またキャッチャーとして試合に出続ける選手」。これは、メジャーのトッププロスペクトのように順風満帆ではないぶん、「どんな環境でも仕事ができる捕手」という信用に直結するメンタリティだ。
林家正が一夜にして“台湾のヒーロー”になった瞬間
林家正の名前が一気に広まったのは、マイナーではなく国際舞台だった。
2024年の国際大会「プレミア12」。林家正は台湾代表(チャイニーズ・タイペイ)の捕手として出場し、決勝で侍ジャパン(日本)と対戦。この大一番で林家正は、巨人・戸郷翔征から右方向へソロホームランを放つ。これが決勝点となり、台湾代表は日本を破って優勝。林家正は「決勝で打った捕手」として一気にヒーロー扱いされた。
この1本で、林家正は「守れる捕手」というイメージから「プレッシャーゲームで一発を打てる捕手」へと一段階評価を引き上げたと言える。国際大会という“落とせない試合”で決められる捕手は、各国どこでも価値が高い。
なぜ日本ハムは林家正を呼んだのか?キーワードは「台湾ライン」と「橋渡し」
現在、林家正は北海道日本ハムファイターズの秋季キャンプに「テスト生」として合流している。期間は第1クール(~11月3日)と区切られた短期参加で、キャッチング、二塁送球のクイック動作、ブロッキング、フリー打撃などを通して首脳陣にアピールしている。
林家正は初日から、日本ハムの捕手陣(田宮ら)と同じメニューをこなしながら、日本的な細かい捕手練習──たとえば素早いステップでのセカンド送球といった「0.1秒を削る」動きに取り組んでいる。
「日本の野球に本当にリスペクトを持っている。自分の目的は学ぶこと。NPBや日本の野球を知ること。日本の野球は細部まで突き詰めていくイメージがある。ここで学べることに感謝しているし、自分がアメリカで培ってきたものをファイターズのキャッチャー陣に共有できたらうれしい」
林家正のこの言葉は象徴的だ。彼は「NPBに売り込みに来た捕手」ではなく、「日本のやり方を吸収しつつ、自分の経験もチームに渡しに来た捕手」という立ち位置で北海道に来ている。これは、今のファイターズの編成方針とぴったり噛み合う。
というのも、日本ハムはいま台湾出身投手のラインをかなり重視している。古林睿煬(グーリン・ルェヤン)、孫易磊(スン・イーレイ)といった、150キロ台のボールを投げる台湾の若い快速球投手を実際に獲得し、起用してきた。球団として「台湾の高いポテンシャルを持つ投手を獲る・育てる・一軍で使う」という流れを、もう既に動かしている。
そこに林家正である。
林家正は、台湾語・中国語で投手と意思疎通できる。アメリカ式の配球・サイン運用にも慣れている。さらに国際大会で日本打線をどう攻めたかという知見も持っている。つまり林家正は、「台湾出身投手 × 日本ハム投手陣 × 日本ハム捕手陣」をつなぐ“ハブ”になり得る捕手なのだ。
林家正本人も「台湾の投手たち(古林や孫など)とバッテリーを組めたらうれしい」という趣旨のコメントをしている。これは夢物語ではなく、かなり実務的な話だ。外国人投手が抱える言語や文化の壁を、同じ台湾ルートから来た捕手が吸収・翻訳してあげられる。それはチーム全体の戦力化スピードを一気に上げる可能性がある。
林家正が乗り越えるべきハードル──「日本の捕手」という特殊職
もちろん、いいことばかりではない。林家正には、NPB特有の“捕手の仕事の幅広さ”という壁がある。
日本の捕手はただリードすればいいわけではない。走者へのけん制コール、投内連係の細かい合図、バント処理の約束事、サインの運用ルールなど、いわば「内野全体の指揮者」として振る舞うことが求められる。
林家正自身も「日本の野球は細部まで突き詰めていく」と話している。これは裏返すと、林家正が「その細部」をどこまで短期間で吸収できるかが、合否ラインになるという意味でもある。
林家正は、2A・3Aレベルで150キロ級のボールを止めてきた経験や、国際大会の修羅場で一発を打てる勝負強さをすでに持っている。そのうえで、日本式の“キャッチャーは現場監督”という役割まで担えるようになれば、一気に「NPBの即戦力候補・林家正」という見られ方になっていく。
いま林家正はどこに立っているのか?
林家正という捕手は、キャリアの上では今まさに岐路にいる。
- 台湾・新北市で野球を始めた
- 15歳で単身アメリカへ
- アリゾナ州立大の主力捕手/打てる捕手として評価
- MLBドラフト14巡目でダイヤモンドバックス入り
- マイナー2A~3Aを経験し、独立リーグも含め試合に出続けるタフさ
- 台湾代表として国際大会決勝で日本から決勝弾
- そしていま、北海道日本ハムファイターズの秋季キャンプに「テスト生」で合流
このストーリー自体がすでに異質だ。普通なら「台湾代表の正捕手であり、国際大会のヒーロー」がNPBのテスト生という立場になることはなかなかない。だからこそ林家正はニュースになる。
そして林家正は、ただ“自分を売り込みに来た”わけでもない。
「日本の野球から学びたい。そのうえで、自分がアメリカで経験してきたことをファイターズのキャッチャーにシェアしたい」
この言い方がすべてだと思う。林家正は“教わりに来た人”でありながら、“教える準備がある人”でもある。
北海道日本ハムファイターズは、若い速球派投手をどんどん前に出すチームであり、国際色のある選手を積極的に登用し、新しいことをやろうとするクラブだ。その文脈に、林家正という28歳の捕手はすごくフィットしている。
もし林家正が、この短いテスト期間で「日本式の細部もやれる」「投手とつながれる」「チームの文化も壊さないどころかむしろつなげる」という3点を見せることができれば、肩書きは“テスト生”から一気に“戦力”に変わる。
まとめ:林家正は「橋」そのものだ
林家正は、実績だけを見るとすでに十分ヒーロー級だ。
- 台湾・新北から米国へ単身渡米した10代の林家正
- アリゾナ州立大で「打てる捕手」として評価された林家正
- MLBドラフト14巡目で指名された林家正
- 2A/3A/独立リーグで泥臭く捕手を続けてきた林家正
- 国際大会プレミア12決勝で日本から一発を放った林家正
- そして今、北海道日本ハムファイターズの秋季キャンプにテスト生として参加している林家正
でも、本人が口にするキーワードは「学ぶ」「シェアする」だ。自分を大きく見せるより、まずはチームの役に立つための準備。これがいまの林家正のスタンスだ。
林家正は、日本ハムにとって、台湾にとって、そしてNPBにとって、“橋”になり得る捕手である。台湾出身投手と日本のチーム文化をつなぎ、アメリカ式のリードやゲームマネジメントも持ち込める。その橋が正式な一本のレーンになるかどうか──それが、この秋のテストで決まる。
林家正(リン・ジャージェン)プロフィール
- 名前:林家正(リン・ジャージェン)/英語名:Lyle Lin(ライル・リン)
- 生年月日:1997年6月26日(28歳)
- 出身:台湾・新北市
- ポジション:捕手(右投右打)
- 経歴:JSerra Catholic High School(米カリフォルニア) → アリゾナ州立大学 → アリゾナ・ダイヤモンドバックス傘下 → トロント・ブルージェイズ傘下 →(再度)ダイヤモンドバックス傘下 → オークランド・アスレチックス傘下2A(ミッドランド) → 独立リーグ(サザンメリーランド・ブルークラブス) → 北海道日本ハムファイターズ秋季キャンプ・テスト生
- 代表歴:台湾代表(国際大会プレミア12 優勝メンバー)
- ハイライト:プレミア12決勝で日本のエース格投手から決勝ソロ本塁打
- 特徴:強肩、国際試合の経験、英語・中国語で投手とコミュニケーションできる捕手。日本式の細部を学ぶ姿勢を明言している。



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