野球ファンが試合を見ていて、つい口にする言葉があります。
「今日、塩すぎるやろ」です。
もちろん公式な野球用語ではありません。「塩試合」はネットスラング寄りの表現で、ざっくり言えば見どころが少なく、点も動かず、攻撃がつながらず、見ていてしんどい試合を指します。ロースコアだから全部塩、というわけではなく、投手戦でも緊張感があって面白ければ別物です。塩試合と呼ばれやすいのは、むしろ「淡々と凡打が積み上がる」「チャンスを作っても潰れる」「1点が遠いのにミスだけは目立つ」みたいな展開です。これは厳密な定義がある言葉ではなく、ファンの実感に近いラベルだと考えるのが自然です。[1]
塩試合は「ロースコア」とは少し違う
ここがいちばん大事です。0-0や1-0なら全部塩試合かというと、そんなことはありません。エース同士が三振を奪い合う投手戦や、終盤まで一球ごとに空気が張り詰める試合は、むしろかなり面白い。塩試合と呼ばれやすいのは、ロースコアのわりに密度が薄い試合です。両軍が打てない、走れない、進めない。チャンスが来ても併殺か浅いフライで終わる。結果だけ見れば1-0でも、内容を見ると「しょっぱかったな……」となる試合があります。[1]
つまり塩試合とは、得点の少なさそのものより、攻撃の手詰まり感や試合の停滞感を表す言葉です。点が入らないことに加えて、「この回も何も起きなさそう」が続くと、一気に塩っぽくなります。逆にロースコアでも、1球で流れが変わりそうな試合は塩とは呼ばれにくい。ここがただの投手戦との違いです。[1]
なぜ中日や西武の試合は「塩」と言われやすいのか
理由はかなりシンプルで、近年この2球団は得点力の弱さが数字にもはっきり出ていたからです。2024年の中日は143試合で373得点、チーム打率.243、出塁率.293、長打率.330。2024年の西武は143試合で350得点、チーム打率.212、出塁率.274、長打率.301でした。特に西武の.212は、NPBの2024年記録回顧でパ・リーグワースト新記録とされています。単純に打てない、出られない、長打が少ないとなれば、塩試合が増えやすいのは当然です。[1][2][3]
しかも中日と西武は、「強い投手陣のわりに点が取れない」試合が目立ちやすいのも特徴です。中日は2024年に高橋宏斗が防御率1.378で歴代上位に入るシーズンを送りながら、チーム全体では60勝75敗8分でした。投手が頑張っても援護が少ない、という試合が続くと、ファンの体感としてはかなり塩になります。いい投球をしているのに、打線が沈黙して1-2、0-1で終わる。これは“負け方のしょっぱさ”として非常に記憶に残りやすいです。[4]
中日の「塩試合」はどういう内容になりやすいか
中日の塩試合は、「投手は踏ん張るが、打線が決め手を欠く」形になりやすいです。2024年のチーム打撃成績では、143試合で373得点、68本塁打、出塁率.293、長打率.330。規定打席到達者を見ると、細川成也は打率.292、23本塁打、OPS .846相当でしっかり打っていましたが、チーム全体としては得点源が細く、得点の絶対量が伸びていません。つまり一部に打てる選手はいても、打線全体で押し切る形になりにくい。これが中日の塩っぽさの正体に近いです。[1][6][7]
なので中日の塩試合は、0-0、1-0、2-1みたいなロースコアで、しかもチャンスの数自体は少なくないのに決まらないケースが多いです。ヒットは出る、四球もある、でも長打が足りず、あと一本が出ない。結果として「惜しい」より「重い」が残る。中日戦が“塩”と呼ばれやすいのは、貧打そのものより、攻撃の詰まり方が見ていて重いからだと思います。[1]
西武の「塩試合」はもっと露骨に得点が消える
西武の塩試合は、中日よりさらに数字が剥き出しです。2024年は143試合で350得点、チーム打率.212、出塁率.274、長打率.301。NPBの2024年記録回顧では、この打率.212がパ・リーグワースト新記録とされています。要するに、そもそも走者が出ないし、出ても返しにくい。塩試合の条件がかなり揃っています。[2][3]
しかも西武は2024年、NPB公式の記録回顧で5試合連続1得点以下を2度、さらに3試合連続無得点、32イニング連続無得点まで記録しています。ここまで来ると、単発の塩試合ではなく、チーム全体が塩そのものみたいな期間があったと言っていい。西武戦が「塩」と評されやすいのは、単に打てなかったからだけでなく、無得点や1得点が連続しすぎて、試合内容の印象まで乾いていったからです。[3]
塩試合でよくある中身はだいたい決まっている
塩試合と呼ばれる試合の中身は、だいたい次のような形に収れんします。
ひとつは序盤から凡打が続く。
ひとつは得点圏であと一本が出ない。
もうひとつは点が入ってもソロや押し出し、相手のミス絡みで、打線が爆発した感じがない。
こうなると、スコアが低いだけでなく、試合全体の手触りまでしょっぱくなります。[1][2]
中日や西武がこの印象を持たれやすいのは、2024年のチーム打撃数字がそのままこのイメージに結びついているからです。中日は373得点、西武は350得点。143試合でこの得点数だと、1試合平均は中日が約2.61点、西武が約2.45点にとどまります。毎試合のように3点取れるか怪しいチームは、どうしても塩試合が増える。これはもう感覚論だけではなく、数字の裏付けもあります。[1][2]
ただし、「塩試合=つまらない試合」とも限らない
ここは少し補足したいところです。塩試合という言葉にはネガティブな響きがありますが、ファンによってはその“何も起きなさ”を含めて楽しんでいる面もあります。特に投手陣が良いチームだと、「また1点が遠い……」というしんどさ自体が、ある種のチームカラーになっていく。中日の投手戦文化や、西武の守り勝ち待ちみたいな空気は、その典型です。数字だけ見れば塩でも、ファンにとってはそれが日常であり、逆に変な味になっていることもあります。[4]
とはいえ、一般的に「塩」と言われるのはやはり打撃面の停滞が大きいです。派手なホームラン合戦の逆側にある試合、という意味では分かりやすい。中日や西武の試合が塩扱いされやすいのは、チームカラーというより、近年の得点環境が本当にしょっぱかったからだと言うのがいちばん正確です。[1][2]
結論。「塩試合」とは、点が入らないだけでなく“停滞が長い試合”である
結論です。
塩試合とは、単なるロースコアゲームではありません。
攻撃がつながらず、停滞感が長く続き、見ている側が「しょっぱい」と感じる試合です。
中日がそう言われやすいのは、2024年に373得点、出塁率.293、長打率.330と、打線全体の押し切る力が弱かったから。西武がそう言われやすいのは、350得点、打率.212、出塁率.274、長打率.301に加え、連続無得点や連続1得点以下が目立つほど、攻撃が止まっていたからです。つまり両チームの“塩”はただの悪口ではなく、ある程度は数字に裏付けられています。[1][2][3]
要するに、塩試合とは何か。
それは点が少ない試合ではなく、時間のわりに攻撃の手応えが少ない試合です。
そして近年の中日や西武は、その“塩”がかなり濃いチームとして見られやすかった、ということです。[1][2]


