2025年シーズン、広島カープの攻撃スタイルをめぐってネットで飛び交ったワードが「ゴキブリ野球」。 さらにDeNAのトレバー・バウアーが自身のYouTubeで「Japanese Cockroach Baseball」という表現を取り上げたことで、一気に炎上ワードとして全国区になりました。
もちろん「ゴキブリ」という言葉自体はかなり侮辱的で、素直に褒め言葉として受け取れるものではありません。ただ、その中身をよく見ると、数字の裏付けを持った「徹底した粘りの野球」でもあります。
この記事では、
- 「ゴキブリ野球」という言葉の出どころ
- 2025年カープ打線のスタイルと数字
- 過去の“粘り打者”──中島卓也、花巻東・千葉翔太との共通点
を整理しながら、「ゴキブリ野球」と揶揄される野球がどんな価値を持っているのかを考えてみます。
1. 「ゴキブリ野球」という言葉はどこから生まれたのか
1-1. きっかけは2025年4月18日・甲子園の「54球イニング」
「ゴキブリ野球」が一気にバズったのは、2025年4月18日・阪神戦(甲子園)の2回表でした。 阪神・村上頌樹がこの回だけで54球も投げさせられ、広島打線に一挙5失点。特に1番・二俣が14球粘って四球をもぎ取った打席は象徴的なシーンとして語り継がれています。
この試合をきっかけに、SNS(X)では
- 「カープの打線、マジでゴキブリみたいにしつこい」
- 「相手投手からしたら悪夢だけど、やってる側からすると最高」
といった声が飛び交い、「ゴキブリ野球」というワードがトレンド入り。 カープ情報ブログ「安芸の者がゆく」でも、
好球必打の早打ち一辺倒から、粘りの選球で相手投手を苦しめるスタイルへと転換したカープ打撃陣が、SNSの一部界隈から『ゴキブリ野球』と呼ばれてトレンド入りした
と紹介されています。
つまり元々は、相手から見て「しつこくて嫌がられる打線」というニュアンスのスラングでした。
2. データで見る「2025年カープの粘り打線」
2-1. チーム打撃成績と出塁・長打のバランス
2025年の広島カープのチーム打撃成績(セ・リーグ)を見ると、以下のような数字になっています。
- 打率:.246(セ・リーグ全体とほぼ同水準)
- 出塁率:.298
- 長打率:.343
- OPS:.641
- チーム四球数:325(全5296打席中・NF3集計)
打率自体はリーグ平均レベルですが、本塁打71本と長打力は控えめ。その一方で、
- 四球を含めた出塁
- カウント別での粘り
で、自分たちの得点機会を広げているのが2025年のカープです。
NF3のカウント別成績では、カープはフルカウント(3-2)まで行った打席が437打数と、セ・リーグ各球団と並んで高水準。フルカウントからの打率は.195と決して高くはないものの、四球や相手投手への球数負荷も含めて価値を生んでいる打席が多いことがわかります。
2-2. キープレーヤーたちの四球と出塁
個人成績を見ると、「ゴキブリ野球」の象徴とも言える選手が何人か浮かび上がります。
- 小園海斗:打率.309、出塁率.365、四球48個
- 坂倉将吾:打率.238ながら出塁率.327、四球46個
- 末包昇大:打率.243、四球33個で“しつこい中軸”として存在感
- 羽月隆太郎:打率.295/出塁率.373と、1番・2番で嫌らしい出塁役
特に、「小園+坂倉+末包+羽月」といった上位打線は、
- 簡単に初球凡退しない
- 2ストライクからのファウルで粘る
- フルカウントまで持ち込んで四球、というパターンが多い
という特徴を持ち、相手先発に100球を投げさせるまで降板させないような攻め方をしてきます。
2-3. 一イニング54球という“象徴的な数字”
先ほど触れたように、「1イニングで54球」というのは2025年カープ打線の象徴的な数字です。
この回の中身を整理すると、
- 先頭からヒット→ヒット→ヒットでまず得点
- その後、カウントを深く使いながらファウルで粘り、四球やタイムリーにつなげる
- 二俣に対しては8本のファウルを含む14球勝負の末に四球
という、“粘って粘ってダメージを蓄積させる攻撃”でした。 このときの様子を伝える記事でも、「広島打線の粘りに遭った」「二俣には驚異の粘りで14球」と表現されています。
まさに、相手からすると「もう勘弁してくれ」というしつこさ。それがSNS上で「ゴキブリ野球」と呼ばれた背景です。
3. ファウルで粘る野球の系譜:中島卓也と花巻東・千葉翔太
実は、こうした「球数を稼ぎ、ファウルで粘る野球」は2025年のカープが初ではありません。 NPB・高校野球を振り返ると、その“元祖”とも言える存在がいます。
3-1. “イヤな9番打者”・中島卓也(日本ハム)
2016年の日本シリーズで、広島カープを苦しめたのが日本ハムの中島卓也です。
Number Webの記事では、
- ホームラン0本、打率も2割5分に届かないが、それでも「イヤな打者」
- 第1戦でカープ先発・ジョンソンに対して12球粘った打席が強烈な印象を残した
- 以降、ジョンソンを含む広島投手陣は「中島に球数を投げさせられる」というプレッシャーを常に背負うようになった
と、「粘り=投手への精神的・肉体的ダメージ」という構図が詳しく分析されています。
さらに、中島は粘るだけでなく、
- 四球だけでなく、フルカウントからの内野安打などでも出塁
- 9番打者でありながら、相手に全力投球を強いる存在
として評価されています。
3-2. 花巻東・千葉翔太の「カット打法」
高校野球の世界で「しつこさ」を極めた存在が、2013年夏の甲子園で話題になった花巻東・千葉翔太です。
Full-CountやSportivaなどの記事によると、千葉は
- 左打席からボールをギリギリまで引き付け、左方向へファウルで粘る「カット打法」が武器
- 準々決勝・鳴門戦では、相手エース・板東湧梧に計41球を投げさせ、4四球+1安打の5打席連続出塁
- 済美戦など、トータル3試合で出塁率8割という異常な数字をマーク
と、文字通り「粘って相手投手を削る」打者でした。
あまりにファウルで粘りすぎたため、高野連から「意図的にカットを続けるとバントとみなす場合がある」という注意を受け、準決勝ではカット打法を封印せざるを得なかった、というエピソードも有名です。
千葉はインタビューの中で、
打率ではなく出塁率。相手投手にできるだけ多く球数を投げさせるのが自分の仕事
と語っており、発想は2025年カープの「粘りの選球」とほぼ同じです。
3-3. 共通項は「出塁率」と「球数」の価値観
中島卓也、千葉翔太、そして2025年カープ打線に共通するのは、
- 「打率より出塁率」を重視する価値観
- ファウルでカウントを整え、フルカウント勝負に持ち込む習慣
- 一打席ごとに相手投手の球数を削るというチームプレーの意識
という点です。
呼び名は「ゴキブリ野球」であれ「カット打法」であれ、本質的には “投手にとって最も嫌らしい打者像”を追求していった結果とも言えます。
4. 「ゴキブリ野球」は汚いのか?それとも合理的なのか
4-1. ネガティブなイメージと、数字が示す合理性
「ゴキブリ」という表現そのものは、当然ながらポジティブとは言えません。 虫にたとえてチームを揶揄するのは、ファン感情を考えてもあまり褒められたものではないでしょう。
しかし、やっている野球の中身だけを切り取れば、
- 四球を増やして出塁を重ねる
- 先発投手を早い回で降板させ、中継ぎ勝負に持ち込む
- ロースコア時代にマッチした“点の取り方”
という意味で、非常に合理的な戦略です。
実際、2025年セ・リーグは全体的に打率・長打率が低く、ホームランの絶対数も少ないシーズン。そうした環境では、 「一発頼み」よりも「粘って1点をもぎ取る」野球の価値が相対的に高まります。
4-2. 投手側にとっての“体感ダメージ”
投手目線で見ると、粘られる打者は数字以上のダメージを与えます。
- 10球以上投げさせられた打席が続くと、6回を投げ切る前に100球を超える
- フルカウント勝負が増えると、メンタル的なストレスで制球が乱れやすくなる
- 「簡単にアウトを取れる打者がいない」と感じるだけで球種配分が苦しくなる
2016年日本シリーズで、ジョンソンが95球で降板する背景に「中島への12球の記憶」があったと分析されているように、“粘られた記憶”はその後の投球にも影響を与えるものです。
2025年のカープ打線は、こうした「投手への粘着ダメージ」をチーム総ぐるみで再現しているとも言えます。
4-3. 高校野球でも議論される「粘りの行き過ぎ」
一方で、甲子園での千葉翔太の「カット打法」に対しては、高野連が大会中に事実上の制限をかけました。
これは、
- 高校レベルでは投手の体力や肩肘の保護も考えなければならない
- 「意図的にファウルだけを打ち続ける行為」をどこまで許容するか
という、純粋な戦術と、競技としての安全性・フェアネスの境界の問題でもあります。
プロ野球では球数制限はなく、あくまで采配と選手の自己管理に委ねられていますが、 それでも「時間がかかりすぎる」「見ていてストレス」というファンの声があるのも事実。 粘りの野球には、合理性と同時に“面白さの好み”の問題も付きまといます。
5. まとめ:2025年カープの「粘り」は新しいスタンダードかもしれない
改めて整理すると、「ゴキブリ野球」と呼ばれた2025年広島カープの野球は、
- 早打ちから「粘りの選球」へスタイルを転換
- 打率・長打率は平凡でも、四球と球数で相手投手を追い詰める
- 1イニング54球、14球四球など象徴的な打席がいくつも生まれた
- その姿は、中島卓也や花巻東・千葉翔太の“粘りの系譜”につながっている
というものです。
「ゴキブリ」というワードは明らかに失礼ですが、 「相手にとって極めて嫌な、しつこい野球」という意味では、2025年カープが体現しているのは、 ホームランが出にくい時代にフィットした、かなり“現代的”なスタイルと言えます。
むしろ本質的には、
- 「ゴキブリ野球」ではなく「粘りの野球」「エグい出塁率野球」
- 「汚い野球」ではなく「投手にとって最悪の嫌がらせを合理的にやり切る野球」
と呼ぶべきものかもしれません。
今後、他球団がこのスタイルをどこまで真似てくるのか── 2025年カープの「ゴキブリ野球」は、セ・リーグ全体の戦い方に影響を与える可能性すらある、興味深いモデルケースと言えるでしょう。
参考文献・出典
- 「カープ打撃陣の驚異の粘り、SNS上では『ゴキブリ野球』と称される」(安芸の者がゆく@カープ情報ブログ, 2025年4月18日)
- 「ファンは激怒!広島カープを『ゴキブリ野球』と笑ったDeNAバウアーの『軽口解説』」(アサ芸プラス, 2025年6月2日)
- 「阪神・村上頌樹、広島打線に粘られ1イニング54球 二俣には14球粘られる」(日刊スポーツ, 2025年4月18日)
- 「プロ野球 ヌルデータ置き場f3:2025年 チーム総合データ/広島東洋カープ打撃成績・カウント別成績」
- 「2025年度 セ・リーグ チーム別打撃成績」(東京ヤクルトスワローズ公式サイト・メディアガイド)
- 「ジョンソンが95球で降板した遠因。中島卓也、5連続ファウルの幻影。」(Number Web, 2016年10月31日)
- 「甲子園で物議醸した『カット打法』 元花巻東の“小兵野手”が切り拓いた生きる道」(Full-Count, 2021年1月7日)
- 「出塁率なんと8割!花巻東・千葉翔太が見せる『極上の技術』」(Sportiva, 2013年8月20日)
- 「ファウルで粘るカット打法『今でも練習してます』」(日刊スポーツコラム, 2015年4月25日)
- 「夏の甲子園、高野連に批判殺到…大会期間中に事実上禁止した“カット打法”」(デイリー新潮, 2025年8月18日)



コメント