西武ライオンズからポスティングされていた今井達也投手が、ヒューストン・アストロズと3年総額5400万ドル(出来高込み最大6300万ドル)の契約を結んだと報じられました。契約のポイントは、金額だけでなく「毎年オプトアウト(契約破棄権)」が付いていることです。
この「短期+高額年俸+オプトアウト付き」という構造は、選手側の自由度を高めるだけでなく、MLB球団側にとってはポスティング譲渡金(リリースフィー)を抑える手段としても機能し得ます。 ここでは、今井の契約を題材に、
- ポスティング制度と譲渡金の仕組み
- 今井契約がなぜ「譲渡金節約術」と言えるのか
- 過去のオプトアウト事例
- オプトアウトを入れず大失敗した大型契約
を整理していきます。
ポスティング制度と譲渡金の基本
現在のMLB–NPBポスティング制度では、NPB球団が受け取る譲渡金(リリースフィー)は「MLB契約の保証総額」に連動します。MLB公式グロッサリーによると、MLB契約の場合の計算式は次のとおりです。
- 契約保証総額2500万ドルまで → 20%
- 2500万1〜5000万ドルの部分 → 17.5%
- 5000万ドルを超える部分 → 15%
つまり、契約総額が大きくなればなるほど、NPB球団への譲渡金もどんどん膨らむ仕組みです。 逆に言えば、最初のMLB契約の総額をコンパクトに抑えれば、その分ポスティング譲渡金も小さくなる、ということになります。
今井達也の契約はどうなっている?
3年5400万ドル+毎年オプトアウト
MLB Trade Rumorsなどの報道によると、今井のアストロズとの契約はおおむね以下の内容です。
- 契約期間:3年
- 保証総額:5400万ドル(年俸ベースは16M→18M→18M)
- 出来高:イニング数に応じて最大900万ドル上乗せ
- オプトアウト:1年目・2年目終了時に選手側オプトアウト権
そして、ポスティング譲渡金については、同記事の中で「5400万ドル保証に基づくリリースフィーは約997万5千ドル」と試算されています。これは前述のパーセンテージを当てはめた数字で、
- 最初の2500万ドルの20% → 500万ドル
- 次の2500万ドルの17.5% → 437万5千ドル
- 残り400万ドルの15% → 60万ドル
合計約997万5千ドル、つまりおおよそ1000万ドル弱という計算です。 アストロズは今井本体の契約5400万ドルと、この譲渡金約1000万ドルを足した約6400万ドルを、現時点での「トータルコミット」として負う形になります。
さらに、今井が出来高を達成して年俸が上がった場合、その増加分にも15%の譲渡金が乗ると報じられています。ただしそれは今井がオプトアウトせず契約を完走した場合のみです。
「譲渡金節約術」としてのオプトアウト契約
想定されていた「6年1億5000万ドル級」との差
今井のポスティング前、MLBメディアやファンサイトの一部では、「6年1億5000万ドル規模の契約もあり得る」という予想も出ていました。この仮定に、先ほどの譲渡金の計算式をそのまま当てはめると、ポスティング譲渡金はおおよそ次のようになります。
- 最初の2500万ドルの20% → 500万ドル
- 次の2500万ドルの17.5% → 437万5千ドル
- 残り1億ドルの15% → 1500万ドル
合計で約2437万5千ドル(≒2400万ドル超)。 実際の今井の契約(5400万ドル保証)に基づく譲渡金(約1000万ドル)と比べると、単純計算で1400万ドル以上の差が出ます。
もちろん、「6年1億5000万ドル」が本当に提示されていたわけではなく、あくまで予想レベルの数字です。ただ、
- 今井は27歳でポスティング
- 日本での直近成績は防御率1点台・K%上位という一流クラス
- 山本由伸やイ・ジョンフら若いスターは100Mドル超の契約を手にしている
という流れを踏まえると、「年数を伸ばして総額を積み上げる」方向の契約もあり得たことは確かです。それをあえて3年・高額年俸・毎年オプトアウトに落としたことで、
- アストロズ側:初期の保証総額とポスティング譲渡金を抑えられる
- 今井側:MLBで結果を出せば、ポスティング縛りのない完全FAとして再契約を狙える
という構図が生まれています。
仕組みを整理すると
今井のケースを一般化すると、こうしたオプトアウト契約は次のような「譲渡金節約術」として機能します。
- 最初の契約総額をコンパクトにする
→ ポスティング譲渡金は「最初の保証総額」にしかかからないため、総額を抑える=譲渡金も抑えられる。 - オプトアウトのタイミングで“再契約のやり直し”
→ 選手が活躍してオプトアウトすれば、その後は通常のFA市場。NPB球団への譲渡金はもう発生しない。 - 出来高や後年の年俸アップ部分には、限定的にしか譲渡金がかからない
→ 今井のように「オプトアウトしなかった場合のみ、出来高分に15%上乗せ」という設計なら、
選手が途中で抜ければ、その後の大型年俸にはNPB側の取り分は及ばない。
結果として、「NPB球団に払う譲渡金がかかるのは、最初の3年分+一部の出来高だけ」になり、 選手がメジャーで成功して再契約を掴む頃には、ポスティングの枠組み自体が切れている——という形になります。
過去のオプトアウト事例と、今井との違い
田中将大・山本由伸など、日本人エースとオプトアウト
- 田中将大(ヤンキース)
2014年に7年1億5500万ドルでヤンキースと契約した際、4年目終了時にオプトアウト条項が盛り込まれていました。これは旧ポスティング制度(上限2000万ドルの入札金)下での契約で、譲渡金は固定額。そのため、オプトアウトは主に選手側の再FA権確保の意味合いが強いものでした。 - 山本由伸(ドジャース)
2023オフに12年3億2500万ドルという超大型契約を結び、6年目と8年目終了後にオプトアウトが設定されています。Orixには約5062万5千ドルの譲渡金が支払われたとされており、こちらは総額自体が桁違いの“フルプライス+オプトアウト”型です。 - 菅野・菊池雄星・前田健太など
菊池雄星のマリナーズ契約や前田健太のドジャース契約にも複雑なオプション・インセンティブ条項がありましたが、いずれも「総額をがっつり下げて譲渡金を抑える」意図が前面に出ているわけではありませんでした。
こうした過去例と比べると、今井の場合は
- 予想された「6年150M級」より年数をぐっと削り
- 毎年オプトアウトを付けて、活躍すればすぐ再FAに出られる構造
- 結果として初期の保証総額と譲渡金をかなりコンパクトにした
という点で、「ポスティング譲渡金を抑えつつ、選手にも上振れの余地を残す“折衷型”の契約」と言えます。 ポスティングと複数年オプトアウトの組み合わせ自体は珍しくありませんが、ここまで短期・高年俸で譲渡金を圧縮した形は、かなり新しいタイプの事例と言っていいでしょう。
オプトアウトを入れず大失敗した契約たち
一方で、「オプトアウトが無い長期大型契約」が、球団にとって重荷になった例は数多くあります。ポスティングとは直接関係しないものの、「出口のない長期契約」のリスクを考える上で、象徴的なケースをいくつか挙げておきます。
クリス・デービス(オリオールズ)
- 契約:7年1億6100万ドル(2016年〜)
- 特徴:フルノートレード&オプトアウトなし、さらに多額の年俸が大幅に繰り延べ
MLB.comや各メディアでも報じられている通り、この契約にはオプトアウトが一切なく、成績急落後もデービスの年俸支払い義務だけが残りました。契約の一部は2037年まで分割払いされる構造で、「史上最悪クラスの契約」と何度も取り上げられています。
ジャコビー・エルズベリー(ヤンキース)
- 契約:7年1億5300万ドル(2014年〜)
- 特徴:長期保障+故障続きで稼働率が極端に低下
エルズベリーもオプトアウトなしの長期契約で、故障と成績不振が重なり、ヤンキースは契約最終盤で彼を放出しながらも、残り約2600万ドルの支払い義務を負う羽目になりました。球団側に「逃げ道」がなかった典型例です。
他にも、ミゲル・カブレラ(タイガース)の10年規模延長や、アルバート・プホルス(エンゼルス)の10年契約など、オプトアウトなしの超長期契約が、30代後半の成績低下とともに球団の重荷になった例は枚挙にいとまがありません。
こうした「出口なし」の契約と比べると、今井のように短期+毎年オプトアウトという設計は、
- 活躍すれば:選手が早めに市場に出直し → 球団は長期超高額化を避けられる
- 失敗すれば:選手はオプトアウトせず残るが、そもそも契約年数が短い
という形で、球団側のリスクを「額」と「期間」の両面で抑えやすい構造になっていると言えます。
まとめ:今井の契約は「ポスティング時代の新しい落とし所」か
- 今井達也は、アストロズと3年5400万ドル+毎年オプトアウトという比較的コンパクトな契約を選択。
- ポスティング譲渡金は保証総額5400万ドルをベースに約1000万ドルと試算されており、
予想されていた「6年150M級」の世界と比べれば、譲渡金はかなり抑えられている。 - 今井が活躍してオプトアウトすれば、その後はポスティングに縛られない通常FAとして再契約できるため、
選手にとっても「上振れの余地」が大きい。 - 一方、オプトアウトのない長期契約は、クリス・デービスやジャコビー・エルズベリーの例のように、
球団にとって「出口のない重荷」となるリスクが高い。
ポスティング制度が「契約総額に比例する譲渡金」という仕組みになっている以上、 短期高額+オプトアウトで初期総額を抑え、譲渡金をコンパクトにするという発想は、今後も増えていく可能性があります。
今井の契約は、その意味で「ポスティング時代の新しいバランス型オプトアウト契約」と言えるかもしれません。 この“節約術”が本当に賢い選択だったのかどうかは、これからの数年、今井がどれだけアストロズで結果を残すかにかかっています。
参考文献・出典
- MLB.com「Japanese Posting System | Glossary」
- Wikipedia「Posting system」
- MLB Trade Rumors「Astros To Sign Tatsuya Imai」
- New York Post「Japanese ace Tatsuya Imai signing $63M deal with Astros in MLB free agency stunner」
- Houston Chronicle, Kyodo Newsなど今井達也契約報道各種
- MLB.com「Masahiro Tanaka discusses 2017, opt-out clause」ほか田中将大契約関連記事
- MLB.com「Mets finalize 5-year deal with RHP Senga」ほか千賀滉大契約関連記事
- MLB.com「It’s official: Yamamoto joins Dodgers on 12-year deal」およびSpotrac「Yoshinobu Yamamoto Contracts & Salaries」
- MLB.com, Review-Journal, Fangraphsなどによるクリス・デービス契約関連記事
- MLB.com, NBC Sports, 各種コラムによるジャコビー・エルズベリー、ミゲル・カブレラ、アルバート・プホルス契約関連記事



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