MLBファンの間で「アストロズ」と聞けば、今でもセットで思い出されるのがゴミ箱です。 2017年、ヒューストン・アストロズがセンターカメラの映像を使ってサイン盗みを行い、ベンチ裏でゴミ箱を叩く音を合図に打者へ球種を伝えていた――いわゆる「ゴミ箱バンバン」スキャンダル。 その詳細はコミッショナーによる公式調査報告書や、後の書籍・データ分析によって明らかになっていきました。
この記事では、
- なぜアストロズ=ゴミ箱となったのか(手口の概要)
- ゴミ箱バンバンはどれだけ成績に影響したのか(スタッツ視点)
- もし同じ仕組みをNPBに持ち込んだらどうなるのか(あくまで仮定)
といったポイントを整理して、「ゴミ箱バンバン」の実態と“NPB適性”を考えてみます。
なぜアストロズと「ゴミ箱」が結び付いたのか
2017年アストロズのサイン盗みの仕組み
MLBの公式調査報告書(2020年1月公表)によると、2017年シーズンのアストロズは次のような流れでサイン盗みを行っていました。
- センター後方に設置されたカメラの映像を、クラブハウス近くのモニターにリアルタイムで映す。
- スタッフや選手がキャッチャーのサインを解読。
- 打席にいる打者へ、ゴミ箱をバットや拳で叩く音を使って球種を伝える。 ・叩かない=速球系 ・1回 or 2回叩く=変化球やオフスピード
最初は口頭での叫び声・口笛・手拍子なども試したものの、「スタジアムのざわめきの中でも聞き取りやすい」「目立たない」という理由から、最終的にゴミ箱の音に落ち着いたとされています。 この「カメラ+モニター+ゴミ箱」のシステムが、後にMLB規約で禁止されている“電子機器を用いたリアルタイムのサイン盗み”に該当すると判断されました。
いつ頃から、どこまで行われていたのか
後に公開された解析サイト「signstealingscandal.com」のデータや動画検証によると、 2017年シーズンの途中、5月末ごろから本格的にゴミ箱バンバンが使われ始め、少なくともレギュラーシーズンの終盤まで続いていたとされています。 ポストシーズンについては、「続いていた」「いやほとんど使われていない」と証言が割れており、MLBの調査報告書でも「証拠が食い違う」と記されています。
いずれにせよ、アストロズが2017年ワールドシリーズ制覇を果たした年にこの違反行為が行われていたことから、 「ゴミ箱=アストロズ」「アストロズ=ズルをしたチーム」というイメージが世界中に定着することになります。
ゴミ箱バンバンはどれだけ“効いて”いたのか? データから見る影響
ホームとビジターの得点差だけを見ると「劇的」ではない
まずよく取り上げられるのが、2017年アストロズのホーム/ビジター成績です。 ある研究では、サイン盗みを本格的に始めたとされる5月末以前と以後で、ホームゲームの平均得点が
- 導入前:約4.2点/試合
- 導入後:約5.3点/試合
と、約1点増えていると指摘されています。 一方で、シーズン全体のホーム・ビジター成績を比較すると、 「ホームだけが極端に良く、ビジターは平凡」というほどの差ではなく、 球場や打線のポテンシャルを踏まえると“説明できなくはない範囲”だ、という見方もあります。
打席単位で見ると、一定のアドバンテージはあった可能性
大学やデータ分析サイトによる詳細研究では、 ゴミ箱の音が鳴った打席と鳴らなかった打席を比較し、以下のような傾向が示されています。
- 「どの球種が来るか分かっている打席」の方が、wOBA(総合的な打撃指標)が高い傾向
- 特定のカウント(2ストライク時など)では、被三振の減少・長打率の上昇がみられる
一方で、「シーズン全体の改善幅はそこまで大きくない」「情報が遅れて届くことで、かえって打者のリズムを崩していた可能性もある」とする研究もあり、 “常時チート級”というよりは「局所的な重要場面でプラスに働いた」という評価が現在の主流です。
それでも「違反は違反」――MLBの重い処分
MLBは2020年1月に調査結果を公表し、アストロズに対して
- 球団に500万ドルの罰金
- 2020・2021年のドラフト1巡目・2巡目指名権剥奪
- GMジェフ・ルーノウと監督A.J.ヒンチに1年間の資格停止
といった重い制裁を科しました。 選手個人への処分は行われませんでしたが、主力選手たちはスプリングトレーニングで謝罪会見を開き、以降もビジター球場では激しいブーイングを浴び続けています。
2025年になっても、ドジャース戦で放送席がスキャンダルに言及したり、観客がゴミ箱の被り物や張りぼてを持ち込むなど、 「アストロズ=ゴミ箱」のイメージは完全には消えていません。
NPBとの関係――「ゴミ箱バンバン」は日本で“通用”するのか?
もちろん、ここから先はあくまで仮定の話です。 日本のプロ野球で同じような電子機器を使ったサイン盗みが行われれば、ルール違反であり、許されるものではありません。 そのうえで、「スタッツ的に見てNPBでどれくらい“効果”が出そうか」を、机上の空論として考えてみます。
① NPBの環境:変化球の比率が高く、サインの価値は大きい
NPBはMLBと比べて
- フォークやスプリットなど落ちるボールの比率が高い
- 一球ごとの配球で細かくサインを出し分ける文化が強い
- 1点を争う展開が多く、1本の長打の価値が相対的に大きい
といった特徴があります。 例えば「フォークが来ると分かっていれば振らない」「高めストレート一本待ちに絞れる」だけでも、 打率や長打率は大きく変わりうる環境です。
その意味では、2017年アストロズ以上にNPBの方が、サイン盗みのリターンが大きくなりやすいとも言えます。
② スタジアムの雰囲気と“ゴミ箱バンバン”
日本の球場は応援歌や太鼓、ブラスバンドなどで常に騒がしく、 ベンチ裏でゴミ箱を叩いても観客にはほとんど聞こえないかもしれません。 ただ、打者とネクストバッターサークルの選手にだけ聞かせるなら、 「ノイズに紛れやすい」という意味でむしろやりやすい環境とも言えます。
一方で、ドーム球場では音が反響しやすく、テレビ中継で拾われればすぐに話題になる時代です。 2017年アストロズも、ファンが動画と音声を解析したことで手口が暴かれました。 NPBでも同じことをやれば、ネット民の“音声解析部”にあっさりバレる可能性は高いでしょう。
③ NPB「適性」という意味ではどうか
2017年アストロズを題材にしたデータ分析では、 ホームとビジターのシーズン成績だけを見ると「劇的な差」は出ていませんが、 重要な局面や特定の打者では明らかに有利に働いた可能性が示唆されています。
同じシステムをNPBに持ち込んだ場合、
- 1点を争う試合が多い
- 変化球中心・小技も絡む日本野球
という前提を踏まえると、「ゲーム数個分の勝敗を左右するくらいの差」は生まれてもおかしくありません。 それは優勝争いの文脈で見れば、十分に致命的なアドバンテージです。
つまりスタッツ的な“NPB適性”だけで言えば、ゴミ箱バンバンは日本でも確実に効いてしまう。 だからこそ、MLBと同様にルールと監視を徹底して、未然に防がないといけないタイプの行為だ、と言えるでしょう。
おわりに:ゴミ箱は「弱いチームの小細工」ではなかった
- 2017年アストロズは、センターカメラの映像からサインを解読し、ベンチ裏でゴミ箱を叩く音を合図に球種を伝えていた。
- データを見ると、ホームの得点力が上がっていたことや、特定場面で打撃成績が向上していた可能性があり、少なくとも一定のアドバンテージはあったと考えられる。
- ただしシーズン全体の数字だけを見れば「圧倒的に別次元」とまでは言い切れず、局所的な“勝負どころ”を支配するためのズルだった可能性が高い。
- NPBの環境(変化球比率の高さ・1点ゲームの多さ)を考えると、同様のシステムを使えば日本でも勝敗を左右するレベルの影響が出ると見られる。
アストロズのゴミ箱バンバンは、単なる「ネタ」や「ミーム」にとどまらず、 データの上でも小さくない“ズル”として今なお研究・議論の対象になっています。 そして同時に、「テクノロジーと競技の境界線をどこに引くのか」という、 現代スポーツ全体が抱える難しい問いを投げかけ続けている出来事でもあります。
参考文献・出典
- MLB Commissioner’s Office, “Statement of the Commissioner,” January 13, 2020(2017年アストロズのサイン盗み調査報告書)
- Wikipedia英語版「Houston Astros sign stealing scandal」
- MLB.com “Astros discuss sign-stealing from Spring Camp”(2020年2月13日、アストロズ選手の謝罪会見記事)
- signstealingscandal.com(2017年アストロズの打席ごとのゴミ箱音解析サイト)
- FanGraphs “How Much Did the Astros Really Benefit from Sign-Stealing?”(2019年11月20日)
- MSA Baseball Blog “Data Analysis of the 2017 Houston Astros”(2023年8月26日)
- Gies College of Business, University of Illinois “Research on Houston Astros scandal finds unethical behavior not always a home run”(2024年10月9日)
- Houston Chronicle 各種記事(2025年のドジャース戦・レッドソックス戦中継でのゴミ箱スキャンダル再燃報道 など)
- その他、Sports Illustrated、The Athletic などによるサイン盗み関連特集・書籍(“Winning Fixes Everything” など)



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