「斉藤友貴哉の“優勝”」──これはタイトル獲得でも、リーグ優勝でもない。日本ハムの剛腕リリーバー、齋藤友貴哉が“ピンチをしのいだ直後に見せた、優勝したかのようなド派手ガッツポーズ

野球

そのワンシーンがSNSで拡散され、愛称の連鎖(さいこう→さいきょう…)まで巻き起こした“事件”だ。

そして重要なのは、ここから。ネタで終わらず、齋藤は数字でも「勝ちパの投手」へ変貌していく。この記事は「優勝」誕生の瞬間から、球速160→161へ到達した“覚醒”を、データと時系列で振り返る。


「優勝」とは?──“両手バンザイ”が生んだミーム

発端は2024年8月27日、同点の延長11回。齋藤は登板直後に走者をため、さらに自らのミスも絡んで無死満塁を招く。しかしそこから開き直り、後続を抑えて無失点。

そしてマウンドを降りる瞬間、両腕を突き上げる“優勝みたいなガッツポーズ”を披露。ベンチは爆笑、監督からもツッコミが入り、SNSでも話題化した。

ここがポイント

  • 「ピンチを作ったのも本人」→「でも抑え切った」→「だから“優勝”」という“ズレ”が面白さの核
  • 以後、無死満塁をしのぐたびに愛称が育ち、キャラと実力が同時に跳ねた

データで見る:2024→2025で“勝ちパの投手”になった

年度別スタッツ(NPB公式の年度成績ベース)

年度登板投球回防御率SHKBBHRK/9BB/9K/BB
20242526.11.7115251228.544.102.08
20254746.21.35314371417.142.702.64

数字が示す変化はシンプルだ。登板数が25→47へ増え、役割が“スポット”から“常時稼働の勝ちパ”へ。さらにBB/9が4.10→2.70と改善し、荒れ球の印象が薄まった。球速だけでなく、ストライクを取れる剛腕になっている。


球速の到達点:160→161、そして“数字で伝わる”という思想

① 2024年9月23日:公式戦自己最速160km/h

2024年9月23日、西武戦で公式戦自己最速160km/hを計測。真っすぐを続けた後、160の高め直球で空振り三振を奪った──「まず160に到達する」という第一の壁を越えた日だ。

② 2025年9月13日:自己最速更新161km/hを“連発”

そして2025年9月。齋藤は自己最速を更新する161km/hを連発。さらに150km/h級のスプリットで三振を奪い、1回を3者凡退で片付けた。

メモ:齋藤自身が「数字でしか伝わらないファンの方もいる。そこが自分の持ち味」と語ったのが象徴的。
“優勝”のキャラが先行しても、最後は球速と0(無失点)で黙らせる。


“覚醒”を時系列で並べる(重要シーン年表)

  • 2023年3月:右膝前十字靱帯断裂で前十字靱帯再建術(長期離脱の起点)
  • 2024年5月:復帰して移籍後初登板。ここから“やっとスタート”
  • 2024年8月27日:無死満塁をしのいで“優勝”ガッツポーズ(ミーム誕生)
  • 2024年9月23日:公式戦自己最速160km/h(球速で物語が追いつく)
  • 2024年終盤:無失点登板が続き、来季の抑え候補として指名(構想の中心へ)
  • 2025年9月:自己最速161km/h連発+150km/h級スプリットで奪三振(“剛速球が武器”を決定づけ)

結論:斉藤友貴哉の「優勝」は“ネタ”ではなく、覚醒の入口だった

「優勝」はただの面白シーンではない。ピンチでも折れないメンタルを可視化した瞬間であり、そこから登板数が増え、四球率が改善し、球速は160→161へ伸びた。

“優勝するように喜ぶ剛腕”が、本当に勝ちパの投手として勝利を積む側に回ってきた──。これが2024-2025の齋藤友貴哉だ。


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