「宇野のヘディング」――野球ファンじゃなくても一度は聞いたことがある“珍プレーの代名詞”だ。 でも、これが単なる笑い話で終わらないのは、試合状況がガチで重要局面で、しかも記録がかかった一戦だったから。 本稿は「いつ・どこで・何が起きて・試合はどうなったか」を、できるだけ数字と時系列で整理する。
結論:宇野の「ヘディング」とは何だったのか
- 日時:1981年8月26日
- 球場:後楽園球場
- カード:巨人 vs 中日(19回戦)
- 状況:中日2点リードの7回裏、2死二塁
- 打者:巨人・山本功児(代打)
- 何が起きた?:遊撃後方のポップフライを追った宇野が目測を誤り、打球を額(頭部)に当てて後逸
- 結果:二塁走者が生還(ただし打者走者は本塁でアウト)
このプレーが「やばい」理由:記録がかかった7回だった
この試合、巨人は前年(1980年)から続く連続試合得点記録を更新中で、当日は「159試合目」。 中日先発・星野仙一は6回まで巨人打線を無失点に抑え、球場の空気は「完封いける」に傾きかけていた。
ワンプレーの破壊力
- アウト1つで「7回も無失点」→完封が現実味
- ところが“ヘディング”で失点→記録は継続
- しかも失点が「宇野の頭→左翼フェンス際まで転がる」という視覚的インパクト付き
プレーの流れ(7回裏):数字で追う「ヘディングまで」
| 段階 | 状況 | 起きたこと |
|---|---|---|
| 7回裏 | 中日2-0リード | ここまで星野が巨人打線を無得点に封じる |
| 一死 | 走者なし | 味方のミス絡みで走者を許し、展開が動く |
| 二死二塁 | 代打・山本功児 | 遊撃後方へ力のないポップフライ |
| “ヘディング” | 捕球体勢→失敗 | 宇野の頭部に直撃→大きく跳ね返って左翼フェンス際へ |
| 結果 | 走者生還 | 二塁走者がホームイン(打者走者は本塁でアウト) |
試合の結末:珍プレーの裏で「勝敗」はどうなった?
この試合は“ヘディング”で1点を失ったものの、中日が2-1で勝利。 星野は9回1失点(自責0)で完投勝利し、宇野は攻撃面で勝利打点も記録している。
| 項目 | 数字 | 補足 |
|---|---|---|
| 最終スコア | 中日 2 – 1 巨人 | “ヘディング”で1点は入ったが逆転は許さず |
| 星野仙一 | 9回 1失点(自責0) | 完封は逃すが完投勝利 |
| 宇野勝 | 勝利打点 | 珍プレーの印象に隠れがちな事実 |
なぜ起きた?当事者の説明「下が硬い」
後年、宇野本人は「言い訳をすれば」と前置きしつつ、後楽園のグラウンドの硬さやスパイクの影響で 後退時の体の感覚がズレた、という趣旨を語っている。 加えて当時はリプレーが球場内で流れる環境が整い始め、プレー直後に“映像で増幅”されていった。
“珍プレーの元祖”になった影響:宇野は本当はどんな選手?
この事件が強すぎて忘れられがちだが、宇野は遊撃手として史上唯一の本塁打王という異色の実績を持つ(1984年)。 つまり「打てるショート」の代表格であり、守備の印象だけで語るにはもったいない選手だった。
まとめると
- ヘディング=“一生語られる1失策”
- でも宇野=“打撃タイトルも獲った強打の遊撃手”
- だからこそ、この事件は「笑えるのに切ない」伝説になった
まとめ:ヘディング事件は「野球が一瞬で物語になる」象徴
7回2死二塁、記録がかかったフライが頭に当たり、ボールは左翼の深いところへ転がり、球場は爆笑――。 この一連の“映像”が、宇野ヘディング事件を40年以上残る文化現象にした。 ただし勝敗で見れば中日は勝ち、星野は完投し、宇野は勝利打点も取っている。 珍プレーとして消費するだけではなく、試合全体を数字で見直すと、この事件の面白さはもう一段深くなる。



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